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R読書会/Zoom読書会

『薬指の標本』小川洋子(新潮文庫)

R読書会 2023.05.27
【テキスト】『薬指の標本小川洋子新潮文庫
【参加人数】5名、感想提出1名
※オンラインでなく対面形式でした。

<推薦者:参加者A(欠席)>
[事前のレジュメより]
《1》閉鎖的な空間で起きるミステリアスな物語
 火傷の少女はどうしたのだろう。以前この標本室で勤めていた女性たちが消えたというがどういうことだ。これらの謎を残したまま物語は終わる。浴槽で衣服を脱がされ、彼に抱きしめられる。全裸に黒い靴を履いたままの姿は強烈な印象だった。しかし、四月にアジアの若手作家のみずみずしく溌溂とした作品群に接したためか、この作品にはなじめなかった。彼一筋の「わたし」の生き方が気持ち悪かった。読後感としては、なんだか違和感が残った。

《2》自分から薬指を標本にしてほしいと望む主人公
 標本技術士の弟子丸は、すべてがすっきりと整っていてすきがなかった。だが、「わたしを油断させない危うい感じが漂っている」これが主人公の初対面の直感である。猟奇的な話かなという予感がした。読み進むと、ひどく残酷な話ではないが、私の直感は間違いではないような気がした。履いた人物の肉体を同化してしまう靴をプレゼントされる。彼はすごい魔力を持つ人物だ。彼が彼女の薬指にかじりつく場面は衝撃的だ。主人公は薬指の先をなくし、次に脚をなくし、前任者の女性たちのように、命まで彼に与えるのだろうか。吸血鬼の話を読まされたような感覚になった。

《3》解説者は、「バーチャル・リアリティに代表される新しいテクノロジー環境はぼくたちの身体感覚をどんどん希薄なものにしている。身体を消滅させている。」と述べ「小川洋子の描く身体感覚は、まさにそんな時代の感覚そのものである。」と指摘する。(P184)
 皆さんはどのように感じましたか。

<参加者B>
小川洋子さんの作品は嫌いではないので『薬指の標本』も随分前に読んでおり、今回は再読。
◆同じ作者の『密やかな結晶』と似ている。調べると、作者が32歳のとき書いた本だと知り、そうなんだと思った。
幻想小説。映画を観ている感じで読めて、私は嫌いではなかった。
◆6章から成っており、400字詰め原稿用紙で140枚くらい。140枚でこれだけ書けるんだと驚いた。
◆私は(Aさんがレジュメに書かれていた)吸血鬼という印象はなく、川端康成の『片腕』を思い出しながら、不思議な気持ちで読んだ。
◆(作品が)どうして違和感を感じたり、嫌われたりするのかわからない。男性は苦手なのかな? 嫌いではないだけに説明もしづらい。
◆こういう小説は、きっちりストーリーがあるわけではないし、世界観に惹き込まれていくのは悪くない。
◆この作品はフランスで映画化されている。主演はウクライナ出身のモデルで女優のオルガ・キュリレンコ

<参加者C>
◆この読書会で小川洋子さんの作品を扱うのは『ブラフマンの埋葬』、『密やかな結晶』に続いて3回目と推薦頻度が高く、皆さん興味がある作家なんだなと思う。
◆取り上げた3冊の中で『薬指の標本』が一番しっくりきた。なぜ人気があるか、よくわかる。使われている言葉は凝っておらず平易で、耳当たりがいい。登場人物が少ないからストーリーがわかりやすく、極端にえぐいシーンもない。多くの人に親しまれている理由を、今回でさらに理解できた。
◆しかし、Aさん組・Bさん組に分かれろと言われたら、私はAさん組に入る(笑)。私も、どうしても受け入れられないものがある。登場人物のイメージが像を結ばず曖昧なままだった。曖昧と、(わざと)ぼかしているのは違う。例えば、実際の人物をぼかして書くのと(=作者にはっきりしたイメージがある)、こんな役割の人物が必要だから登場させる(=人物として立ち上がっていない)のは異なる。
⇒とくに弟子丸のイメージが湧かない。猟奇的なのか、冷徹なのか、と思えば親切なところもあるし、また「毎日その靴をはいてほしい。(中略)とにかくずっとだ。」「ここの標本はすべて、僕にゆだねられているんだ。誰も口をはさめない。」のように傲慢な言い方もする……支離滅裂なキャラクターが受け入れられない。
◆標本や、消えていくもの、記憶の底に沈んでいくもの……消すとか残すとか、小川洋子さんが好きなモチーフですよね。好きなのはわかるけど、ぶれている感じがする。例えば、一般的には蝶のような、残しておきたいものを標本にするけれど、この作品では忌み嫌うものを密封して閉じ込めている。依頼者にとってマイナスなものを閉じ込めて忘れるためなのか、大事だったものをそのままのかたちに残しておくためなのかが曖昧。コンセプトが揺らぎまくっていることが、私にとって受け入れがたい理由の一つ。
◆楽譜に書かれた音楽を標本にする。ファンタジックないい話かと思ったら、ピアノの演奏を聴いて楽譜を試験管に入れるだけ。空気の色が変わっていくとか、そんなファンタジーを予想していたから肩透かしだった。309号室婦人もピアノを弾くためだけに便宜的に置かれているだけで、その辺りも雑な印象を受ける。
火傷の標本も、大事なところなので描写してほしいけれど、描写がないままに彼女が消えますよね。
◆細かいところでは、薬指を失う場面。タンクとベルトコンベアーの接続部分に挟まれた、とあるけれど、サイダーは瓶の上から注がれるので、タンクは上のはず。その辺りの整合性がない。「そこにピンク色の肉片が落ちた気がする」この辺も適当。構造がきっちり設定されているのだろうか。描写するしないは別にして、きちんと設定しておいてほしい。
◆もっと言えば、女性専用アパートの描写も、ベランダのことはよくわかるが、そこが何の寮だったのかで部屋の作りが変わってくる(看護師の寮などだと、また違うだろうし)。設定が雑で、そういうところも共感できない。
◆薬指は何センチくらい落ちたのだろう。実際そんなに酷い状態ではないけれど手は歪になっている。それを最後に標本にしてもらう。「薬指を標本にしてほしい」……ここは謎中の謎。皆さんはどう思われましたか?
一つの考え方として、自分自身を標本に捧げたのかな。事務員の子が消えていくという話は予兆の匂わせ。
◆弟子丸氏との浴場でのデート。いい大人がのこのこ、ついて行きますか? 喫茶店とか、外でならわかるけど。これはちょっと猟奇的な小説だからいいという人もいるかもしれないが、脱がされるわけですよね。古びた浴室で、というところにも気持ち悪さを感じる。作者は変態体質なのか、鈍感なのか。
以前読書会で取り上げた、凪良ゆう『流浪の月』(東京創元社)も少女誘拐を題材にしているが、そうなるまでの戸惑いや二人の交流が丁寧に描かれていた。少女のほうにもいろいろな事情があって、そうならざるを得ない状況だった。
対して、のこのこついていくことからは、性衝動が強い女性、好奇心が強い女性、幼女、などの印象を受け、少女虐待を連想し、不潔感を覚える。変態小説で極めるのならよいが、当たり前の常識人みたいな顔をしているのがいや。
全体として「気持ち悪かった」という一言が腑に落ちる。

<参加者D>
◆私もAさん組です(笑)。でも、さっき、Bさんが「作者が30歳くらいのときの作品」と仰ったのを聞いて思ったのは、年を重ねて読んだから気持ち悪く感じたけど、若いときに読んだらそうでもないかも、ということ。ついていくのも、ぼんやりしてたらあるかな。
◆標本というと「綺麗に保存しておく」という意味があると思うけれど……。
◆P46、一番悲しい思いや、惨めな思いをしたことを聞き出すところで、この人たち変態だって私の中で決定した。そこから雇い主と従業員の間柄が、従業員は従うもの、みたいになって。床にタイプの活字盤を落としたら這い蹲って拾わせて、手伝いもせずに……搾取する者とされる者。靴が犬の首輪みたいな気がした。逃げるに逃げられない感じがして。DVのように、閉ざされた世界で逆らえなくなる感じだろうか。
P67、雇い主が誘うか誘わないか、「ごくろうさま」の一言が、あまりに無感動にこぼれ落ちてくる……誘われて変な部屋に行きたい……飴と鞭の関係のようで、どんどん可哀そうになってきた。いつも被害に遭うのは若い女性。
◆主人公の名前って出てきました?
C:出てないですね。
D:そこがうまい。(自分で書くとき)真似しようと思う。最後、地下へ降りるが、どうなったか書いていない。この終わり方いいな。ここは説得力がある。グダグダ書いていたら、余計収拾がつかなくなるから諦めたのでは。
◆全体的にすごくいやな話。この世界に行きたくないって思った。

<参加者E>
◆作者の作品は冒頭から説明的なため、私はいつも挫折してしまい読み進められないのだが(本作も推薦作でなければ読んでいないと思う。最初から最後まで読んだのは初めて)、日本の小説家としては花形。さすが、文章の運び方・持っていき方がすごいと感じた。
◆しかし、表紙から気持ち悪かった。
◆都会的な中で貼り紙を見つけ、すっと入っていき、さっと仕事が決まったのが不自然。私(が主人公の立場)なら入っていかない。
◆面接に行ったとき、「わたし」が弟子丸氏の目に惹かれている。初対面で「わたし」は弟子丸氏に取り憑かれたのだと思う。最初に面接を受けたときから弟子丸氏に惹かれたのだなという気がした。
◆標本室に入っていって、弟子丸氏の目に取り憑かれて関係を結んでいく。そして、消えた少女に嫉妬している。なすがままにされる女性なんだろう。小川洋子さんはこういう作品を書くんだなと思った。
◆『博士の愛した数式』も、NHKラジオ深夜便』で薦められていたから読んだが、いい作品とは思わなかった。しかし解説を読むと優れた作品だと言われている。小説を読むとき、描写が上手かったり、羅針盤みたいなものを与えられたりということが求められるが、この作品は何を伝えたかったのだろう。伝えたいこともなく、書くことを楽しんでいる? それとも編集者に言われて書いたのか? あまり意味を見出せなかった。

<参加者F>
◆静かな作品たち。2編入っているが、それぞれ真逆の印象を受けた。
弟子丸氏の行動からDVのような冷たい印象を受けたのは皆さんと同じ。「六角形の小部屋」のミドリさん・ユズルさんからは、押し付けがましくない温かさを感じた。去っていくのも主人公のためを思ってのことのような気がする。
◆ただ、根底を流れているものは同じで、標本にすることで/語り小部屋に入ることで、登場人物たちは自分の内面と向き合っている。
◆弟子丸氏は敢えてこのように書かれているのだと思う。恋愛や、恋愛に限らない人間関係の中で深みにはまっていくときは、こんな感じだろうか。主人公本人としては、今まで入れなかった地下の部屋に行けて幸せなのかもしれない。

<フリートーク
【幻想的な世界】
D:現実的な話ではなく、あくまで幻想の世界。
E:これは読者に何を与えたかったのだろう。売れさえすればいいと思って書いた?
D:主人公の設定が決まっても、普通ここまで書けませんよ。編集者に書いてと言われても。だからすごい。
E:私もすごいと思う。書き切るというのが。商業用に書いたのでしょうか。
C:それはプロですから。この程度さらさらと書いちゃう。
E:私は(作品から)何も感じなかった。ただ気持ち悪かった。こういうものを、と推されて書くのか、それとも自分で書くのか。
D:気持ち悪いものを書けと言われても、筆力がないと書けない。
E:作者はこういうものを持っている?
C:それはそう。ひんやりしたものが好きとか、そういうものに欲情するとか、性癖みたいなものも多少あるのでは。
D:作者としてはそう言われると辛い。私も書くとき気をつけながら書いている。そう言われたらいやだから。
C:小川洋子さんは記憶がなくなったり、消えたりというのが好き。性癖というと語弊があるけれど、静謐な中で行われる儀式みたいなものがお好きですよね。
D:Bさん、どうしてこの世界を気持ち悪く感じないのですか?
B:これが幻想的な世界だからでしょうか。私は幻想小説が好きで。こういう世界を描き切れるのがすごいと思います。

【表現や描写、小道具について】
D:P70「夜はどんどん深まってゆき、行き着くところまで行ったあと、今度はゆっくりその闇を薄めていった。」、こういう表現があるんだと思った。描写も上手い。
B:上手いですよね。びっくりするような表現がしてある。
D:だから読む人に気持ち悪さが伝わってくるのでは。楽しんで書いていると思う。主人公をいじめて……
C:P87に「自由になんてなりたくないんです。」ってありますもんね。
D:稀にいますもんね、支配されるのが好きな人。
C:文鳥のおじいさんに「(靴を)脱ぐんだったら今のうちだよ」と言われても脱がない。
E:ストーリーを決めているんでしょうね。そういう方向にしよう、と。
B:靴って性的ですよね。
C:弟子丸氏が作って嵌めている。

【作者について】
E:作者を内田百閒文学賞の表彰式などで見たことがあるが、小柄で華奢で……本人の印象と作品にギャップがある。
D:目立ちたがりじゃなさそうですよね。ひっそりとした印象。作者と作品は違う。不穏な作品を書いて最後まで読ませてしまう、その力がすごい。
E:説明的な文章だと思っていたけれど、読み進めるとP18くらいから惹かれ始めた。Dさんが仰るようにすごい。

【「六角形の小部屋」について】
B:テキストは「薬指の標本」だけなのであまり深読みしていないけれど、「薬指の標本」のほうがどっぷり疲れる感じがした。
ミドリさんは何者なんだろう? 惹き込まれて読んだ。
D:ミドリさんのスイミングキャップは何? 書いてあるけど、象徴として何、って書いてない。
B:でも気になるんですよね。
F:私はこちらの作品のほうが好きです。
D:何でも話していいって、苦労して辿り着いて、そんなにつまらないことある? やっと辿り着いたのに、独り言を喋るだけ。
F:でも、必要な人しか辿り着かないんですよね。
B:標本室も。昔話ってそうですよね。主人公は、ミドリさん・ユズルさんと人間関係を結びたかった。
たぶん、最初からミドリさんと老婦人は仲がいいのだけど、そのことも明かされていない。老婦人は小部屋に語りに行く一人なだが、なぜ一緒にスポーツジムに行くのか書かれていない。読むほうも、主人公と一緒に不思議だと感じる。最後、「ミドリさんとユズルさんはどこへ行ってしまったんでしょう。」と訊かれた老婦人が口を閉ざすのもわからない。なぜ言ってはいけないのか……。
C:幻想小説ということでしょうか。
B:幻想小説に理由を求めてはいけない。川端康成幻想小説も訳がわからない。
D:こちらのほうが描写が綺麗。P93「たまらなく知りたいと願う瞬間が発作のように訪れる」など。P97「身体中のあらゆる部分が、幼稚園児がクレパスでなぞったような、素朴な形をしていた。」、人の体をこのように書けるんだと勉強になった。P145「もっと絶対的な時間の切断が起こったのです」とか……物語の進み方より、どうやって描写するんだろうというほうに惹かれて読んだ。
P124「骨組みがしっかりし(中略)セーターの上からでも肩甲骨が元気よく動いているのが分った」。アマチュアの作品だと「すらっとした……」のような描写が多い。プロっているのはこうなんだ
P101「ミドリさんが居たという空気のこわばりは残っていた。」……こういうのを読むのが楽しい。説明というか、描写で進んでいるのが「六角形の小部屋」のほうかな。
C:すごく読みやすかった。飛躍がないというか。
D:よくわからない、不思議なものを書くのって難しいですよね。だいたい実際にあるものを書いてしまうでしょう。
C:私は作者と年代も出身地も近いからあまり違和感がない。スポーツジムとか、そこら辺に転がっているもの。
幻想小説は何かのメタファーでないとならない。そのことによって苦しみなど、伝えたいことを描くもの。ただふわっとしたことを書くだけでは幻想とは言えない。
例えば過去にこの読書会で取り上げた津原泰水の『11 eleven』では、片端だったり小男だったり唖だったり、見世物小屋にいるような人たちが出てくるが気持ち悪くない。切なさや温かさを感じる。(『11 eleven』所収の)「延長コード」も叶えられない想いを表現していてぐっとくる。
その切実さがないから、私としては物足りない。Dさんが仰られるように素晴らしい描写だけれど、胸に迫ってくるようなものが私には感じられない。
「六角形の小部屋」も作者の作品の中では好きだが、胸に迫って来る切実さはない。語り小部屋に入っても何を言ったらいいのか。
D:解説の最後の三行はどう思われますか? この書き方が上手い。最後の締めくくり。“消滅していくようで「ある」、しかし「ない」”……書けと言われても書けない。人間の存在がそういうものだと私は思っていないけれど、それを表現しようとしているならすごい。
C:解説はすごいけど、実際に作者が、「ない」ようで「ある」そういうものを書こうとしているかわからない。
D:(掲載にあたって作者の)了解を得ているだろうから、作者としては満更でもないのでは。
E:この小説、残りますね。何年も残りそう。
D:(小説学校の)課題が行き詰ったとき、ちょっとアイスクリームを食べるみたいに読み返したら、また自分も書けそうな気がする。
E:誰かの作品を手元に置きながら書くことってありますか?
D:ある。
C:私も行き詰ったときは岡本かの子の作品を写してみたりします(岡本かの子、好きなんです。文章に無駄がないというか)。何行かのときもあるし、何ページのときもある。
あと、古井由吉。ぎっちりしたのを写しますね。
D:以前、初めてディストピア小説を書いて小説教室に提出したら、「村田沙耶香さんがそういうの書いてるよね」と言われた。好きな作家さんが、知らないうちに入っているときがある。

 

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