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R読書会/Zoom読書会

『密やかな結晶』小川洋子(講談社文庫)

R読書会@オンライン 2021.03.06
【テキスト】『密やかな結晶』小川洋子講談社文庫)
【参加人数】7名(推薦者は欠席)

<参加者A>
◆消滅の設定があやふやで、なかなか入りきれなかった。概念が消えてしまうというのが最後でわかったが、消滅してしまったはずの鳥が出てくるのはなぜ?
ただ、設定があやふやであろうとなかろうと、この作品にとっては大したことではないのだと最後にわかった。
◆読んでいくうち、消滅するということの恐ろしさを感じた。同時に、自分の中に残っているものが大切なのだということも。また、大切ではあるけど無力だということも。
◆「秘密警察」がナチスユダヤ人狩りを彷彿させるものだった。

<参加者B>
◆消滅の設定はあやふやだと思ったが、わりにすっと読めた。設定がしっかりしていたら近未来を描いたディストピア的なSFになりそうだ。
◆設定、世界観が好み。皆がどう読んだか聞きたい。
◆終盤の展開にとても驚いた。全体としては非常に素晴らしい作品だと思う。
◆(コロナ禍の)現代になって読み直されたり注目されたりしている。書かれた時と今で、読まれる意味合いが違ってきているのではないか。

<参加者C>
◆私は政治的なものと受け取らずに「失うこと」について書かれた物語だと思った。ただ、政治的なものから切り離されているんじゃなく、政治的なものも個人的なものも含めて、すべてに繋がる「喪失」の話かな、と。
◆批評性の強いSFになっていないので、人によっていろいろな読み方・解釈ができる。読み手によってテーマだと感じることが違うのでは。
◆消滅したものはなくなっているけれど、心には「空洞」が残っている。
◆体の一部が消滅するくだりで概念が消えたのだと確信したのだが、犬も同じ場所を失っているので混乱した。それとも、概念を失った主人公にそう見えているだけ?
◆解説より先に本文を読んだが(小川洋子氏がアンネ・フランクから影響を受けたと知らなかったが)、R氏の隠し部屋のくだりで、アンネ・フランクが隠れた隠れ家を思い出した。福山市ホロコースト記念館に行ったことがあり、形は違うが雰囲気を想像できた。

<参加者D>
◆初めて小川洋子氏の小説を読んで、透明感のある文章だと思った。語りがよく、とっつきやすい。
◆不思議な世界観。鳥が消えたはずなのに飛んでいる、など。
◆主人公である「わたし」が淡々と現実を受け入れ、話が進む。主要な登場人物は少ないが、R氏が「わたし」の疑問に思っていることを代弁してくれたり、抗おうとしてくれたりしている。
◆「わたし」に共感でき、共感できることが面白い。
◆救いがなく、読了後、何を伝えたいのかと考えた。「つらい境遇があっても淡々と生きてくことの強さ」「不幸なことが降りかかって、苦しみながらも順応し、悲観しながらも生きていけるよ」というメッセージだろうか。
◆「上をみてはいけない。下を見なさい」という言葉を思い出した。

<参加者E>
◆解説を先に読んでしまって、『アンネの日記』や戦争のことなどを投影した作品だと思って読んだ。
なぜ消滅しているのか、誰が、どうしてなど、理由が明かされない。それが、戦争に巻き込まれる理不尽さをよく表している。
◆R氏が外に出ていくラストに未来を感じた。あちこちにR氏のような人がいるのだろう。私たちは記憶を持っているので明るい未来を作っていくことができる。
◆主人公は小説家であり、作中作で消滅のことを書いているが、その作中作と本編の消滅が重複している意味がわからなかった。皆に訊いてみたい。
◆消滅に関連してːたとえば認知症では記憶が消えていくが、感情は最後まで残る。この小説では(消滅したものに対する)感情すらどんどん消えていっており、その書き方がすごくうまいと思った。

<参加者F>
◆消滅の設定が曖昧。一度目に読んだときは消滅のメカニズムがあやふやで腹が立ったが、二読目ではそれを打ち消すくらいの独特の作品世界を感じた。
◆「愛」について語ってるのでは。
【主人公の「わたし」はR氏の世話をし、最終的に自分が消えてR氏が自由になる】⇔【(作中作では)「わたし」が消滅し、先生が残る】と対比されている。「人を独占したい」という気持ちの究極では。
◆どうしても受け入れがたいのは、概念が消滅するのか、物自体が消滅するのか、あやふやなこと。フェリーは残っている。鳥は消えたがニワトリはいないのか? カレンダーがなくなって、(ただ端末はなくなるのではなく)時間の概念そのものまで否定するようになる。果たしてそれはいいのか?
◆物から概念がなくなるのか、概念から物がなくなっていくのか。左脚はあるが、左脚という認識ができなくなる。肉体は概念からなくなる?
最後に声が残ったが、声は臓器がないと生まれない。どうやって声を出している? そのあたりの雑さが耐えられない。
◆記憶・感情がなくなったら空洞すらないのでは。
◆主人公は小説家だが、記憶や言葉をなくして小説を書けるのか? 受け入れがたい。書き続けることは記憶を紐解いて言葉にしていくことだと思う。

<参加者G>
◆半年前、別の読書会でテキストとして取り上げた。するする読んで、ストーリーは印象に残っていない。印象に残っているのは、川に薔薇が流れている場面。ほかの部分は忘れている。こんなにも忘れる小説は珍しい。
ホロコーストなのか、こうやってナチスユダヤ人を追い詰めていったのかと思いながら読んだ。
◆なくなって初めて、その大切さがわかるということがある。
◆最近、この作品が取り上げられることが多いのは影響ではないか。戦争でなくても、ウイルスが蔓延るようになり生活は大きく変わった(映画館に行けなくなるなど)。この小説は普遍性を持っていると思う。
◆設定が曖昧で納得できないというのは一回目に読んだとき思った。フェリーが消滅したはずなのに会話にフェリーが出てくるなど。つまりSFでなく純文学だ。SFでは絶対許されないことが純文学では許される。
◆作中作の主人公が最初に失うのが声、本編で最後に残るのが声。そしてどちらも消えてしまう。そこが最後に集約している。
声は言葉を発するもの。言葉を紡ぐもの。そこが鍵かと一回目読んだときに感じた。

<フリートーク
◆支配と支配される側が逆転している作中作。逆に作りこまれすぎている。
◆作中作も本編も、声を失おうが失わまいが、社会に声は届かない。
◆作者はちゃんとしたリアルな小説というつもりで書いているが、設定の曖昧さや茫洋とした雰囲気で幻想的と言われてしまう。しかし私の好みに合う。
夢のロジックで書かれている。深く心に刺さる、印象に残る夢という感じ。そういうものを小説、文章にしようとしているのが小川洋子という作家だと思った。
◆リアルな人間の生活というより、人間の精神がそれをどう受け止めるかという小説では。
「(執筆の際の)降りてくる」と「夢で見る」は似ている。
◆ロジックで書くのではなく、また、「テーマはこう」「訴えたいのはこれ」ではなく、作者が自分の心の中を開けて、何かを出そうとしている小説ではないか。
◆R氏は彼女にとってのアニムス的な存在(=男性的な原理・側面)。男性的な要素と女性的な要素で人格が出来上がっていく。導いているのがおじいさん。ユング心理学的な解釈が嵌るようになっている。
◆深層心理でロジックに頼らず、湧き上がるものを書いている。それによって気づきがあるのが名作。しかし私はあまり印象に残らなかった。
◆すごく難しい小説。通り一遍の解釈で割り切れないところがたくさんある。アゴタ・クリストフの『悪童日記』の骨を吊り下げるシーンを思い出した:古い自分を捨てて歩んでいくことの象徴であるシーン
◆テキストに関連して小川洋子氏のエッセイ「とにかく散歩いたしましょう」を読み、ものすごくユーモアがある人だと思った。ゆるっとしたエッセイで面白かった。
◆些末なことはすごく辻褄が合っているけれど、土台で辻褄が合わないのが面白いのかもしれない。基本的な構造が揺らいで飛躍するという意味では、小説というかたちはとっているが詩のようだ。

 

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