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R読書会/Zoom読書会

『絶縁』村田沙耶香、他(小学館)

R読書会 2023.04.15
【テキスト】『絶縁』(小学館
「無」村田沙耶香
「妻」アルフィアン・サアット/藤井光・訳
「ポジティブレンガ」ハオ・ジンファン/大久保洋子・訳
「燃える」ウィワット・ルートウィワットウォンサー/福冨渉・訳
「秘密警察」韓麗珠/及川茜・訳
「穴の中には雪蓮花が咲いている」ラシャムジャ/星泉・訳
「逃避」グエン・ゴック・トゥ/野平宗弘・訳
シェリスおばさんのアフタヌーンティー」連明偉/及川茜・訳
「絶縁」チョン・セラン/吉川凪・訳

【参加人数】7名※オンラインでなく対面形式でした。

<参加者A(推薦者)>
[事前のレジュメより]
 アジア人作家の九作品、読み応えがあった。でも小説として一番完成度が高いのは、村田沙耶香氏の作品「無」だと思う。二番目に優れた作品は、チョン・セラン氏(韓国)の「絶縁」ではないだろうか。
《「無」について》
「何物かが様々な流行を作り出していて、多くの人々はそれに操作されて自分のファッションだと思いこまされている」「自分は家族の家畜ではないか」と美代は考えるようになる。「無」とかいう生き方に惹かれる若者が増える。娘の奈々子もその一人だ。時間から解き放たれ、言語を使わない、性愛・感情がない、なるべく五感を使わない。これが「無街」らしい。
 美代、奈々子、琴音は家族・社会と絶縁することを望む。ぞっとするような結末だが、フィクションとは思えない凄みを感じた。
《「絶縁」について》
 主人公・佳恩は先輩である善貞・亨祐夫婦を信じ、尊敬していた。しかし、先輩が女癖の悪い同期の男をアカデミーの講師に推薦したことを知り、愕然とする。主人公はこれまでと同じように先輩夫婦と付き合えなくなり絶交を決意する。私は、これは韓国国民の中にある(特に知識層にある)倫理観の相違のように思えた。私はどちらかというと、先輩の考え方と近い。プライバシーと公の仕事との関連だから、そこまで目くじらたてるほどでもないよと思った。
《「秘密警察」について》
 文章が難解だった。日本の戦後派作家(野間宏など)の難解さと似ているように思った。香港の切羽詰まった政治状況がこのような文章を書かせるのかもしれない。主人公が夫を秘密警察に告発した理由がわからなかった。
 悩みを解消してくれるという「窓」という団体が嘘っぽく思えた。
《「妻」について》
 この作品には受け入れがたい気持ちを感じた。妻であるイドリスが、夫の元恋人を「マドゥ」(二人目の妻)にするために努力する。イドリスの苦悩がさらりとしか描かれていないのが物足りない。
《「穴の中には雪蓮花が咲いている」について》
 主人公と、幼友達のソナム・ワンモ。舞台はチベットだが、日本の農村にもこのような話がたくさんあった。

[以下、読書会にてAさんの発言]
◆それぞれの作品に読み応えがあった。
◆小説として完成度が高いのは村田沙耶香「無」。次はチョン・セラン「絶縁」
その他で心に残ったのは連明偉シェリスおばさんのアフタヌーンティー。少年小説のようで、また、すごく情感がこもっていて、いい作品かなと思った。
「逃避」もやっかいだったが手法としては面白い。主人公は浴室で倒れており、壁の向こうの息子と孫について語られる。息子のだらしなさは結局、主人公が育てたわけで、なぜ息子を嫌うのかわからなかったので、なんとはなしに受け入れがたく、力はあるがいい作品だとは思えなかった。

<参加者B>
◆最初に「穴の中には雪蓮花が咲いている」を読んだ。そのあと最初から「燃える」まで読み進めた。半分くらししか読めていない。
「無」「ポジティブレンガ」はどちらもディストピアを描いたものになっていて面白い。
「無」は非常に優れた作品。なかなか読み解くのが難しい。
最初に読み終えた感想は、「おかしい人の内面をここまで描いて、作者はおかしくならないのかな?」。例えば『ドグラ・マグラ』(夢野久作・著)は、突飛な精神世界が描かれているが理性で制御されているのがわかる。でも村田沙耶香さんの作品はどこまで理性で制御されているのか判別がつかない。
作者は言いたいことの象徴としてメタファーを意識していると思うが、それでは表しきれないものもあって混沌としている。とにかくすごかった。
「ポジティブレンガ」はアニメや映画のようなセンスを感じた。都市自体がその人の精神の感知装置という設定は、アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』(犯罪係数を察知し、罪を犯していない者も逮捕できるというディストピアを舞台としている)などを思い出す。また、『虐殺器官』(伊藤計劃・著)のSFギミックを思わせる電子的なギミックもある。
いろいろなものが影響し合って、ディストピア小説はSFと銘打ってなくてもSF性を帯びる。ジョージ・オーウェル1984年』が原型だろうけれど。

<参加者C>
村田沙耶香の作品を読んだのは初めてで、少しびっくりした。
「無」は、毒親っぽい美代、そんな彼女に育てられた奈々子、冷めていて変わっている小学生・琴音、3人の独白から成っている。3回ほど読んで納得した。
村田沙耶香「無」についても、他の作品にしても、作家同士の年代が近いためか、共通した印象を受けた。アジアの国々の作家を集めているのに、多くの作家が親について書いている。この年代の考え方に似たものがあるのを感じた。
「ポジティブレンガ」を読んで筒井康隆「パプリカ」を思い出した。映画を観ているようで面白かった。
「逃避」は、うーん、と考えながら読んだ。
「秘密警察」は読みにくく、猫が何を象徴しているのかわからなかった。読み切れていない。
◆長い作品も、短い作品もあるが、全体的になんとなく似たような印象を受けた。こういう方たちがこれからを背負っていくんだと思った。

<参加者D>
◆私も読むのに苦労した。皆さんが仰るように、現代の断片を切り取った印象で、ストーリーはどうなっているんだというほうに目が行ってしまう。もっと感性を尖らせないといけないと感じた、新しい読書体験だった。
「無」。無になるために必死にトレーニングをするが、忘却するためには主題が要る。例えば“私が財布を忘れた”といっても、「私」は残りますよね。無になるって、ものすごく難しい。最終的には、「東京タワーから感情が流れている」と言っていた母が無になるところにぞっとした。相変わらず面白い。「クレイジー沙耶香」と呼ばれるだけあるな、と感じた。
現代の若者の兆候ではある。結婚しない、恋愛しない、就職しない、できるだけ何もしたくない……無と言うかはともかく、煩わしくないように、面倒にならないように、関係を断とうとしている。
私たちの世代は面倒なことをどれだけしたかが人生の幸せ度だと言われてきたので(ex.結婚式など)、今の世代が年を取ったとき、どんなふうになるか想像できない。
「妻」。面白い。夫がマドゥを作ることに対し、マレー系シンガポール人のイスラム教徒である主人公は抵抗が少ない。
B:解説にあるとおり、パーセンテージとしては多くない(0.3%)。この作品では妻が主導し、「夫を共有しましょう」みたいな、ちょっと捻った扱いをしていると思った。
F:「無」の逆ですよね。余計大変になる。
D:アイシャを夫のマドゥにすることによって、苦しみを感じないように持っていっている。
B:構造としては、間に夫を挟んで(一つ経由して)、女性とパートナーになることを書きたかったのだろうか。
D:私たちは明治以降の日本の教育を受けているから一夫一妻制が普通だと思うけれど、その常識は極めて限定的で、人間の本性に沿っているかどうかはわからない。
作者のアルフィアン・サアットは男性だが、『マドゥ・ドゥア』という、女性の視点からマドゥを見た、フェミニスト的な戯曲も書いている。
B:「妻」で主人公は、伝統文化を利用して新しい家族を作っていこうとした。「でもどうなんだろう……」で終わった。
D:過渡期なんじゃないでしょうか。だから作者がフェミニズム的な戯曲を書いていることが腑に落ちた。
B:今回のテキストには性的マイノリティーが出てくる話が多かったですね。「無」の無街の人々も、性を捨て、アセクシャルになることを目指している。
D:いわゆる男女の枠組みからも無になろう、という試み。
「ポジティブレンガ」は近未来が舞台で、映画にもってこい。環境と主体の関係性が極めて東洋的だと感じた。西洋は「個」だから、(主体が)環境と一体化するという書き方はしないのでは。このアンソロジーの中では読みやすかった。
「燃える」。『バーニング』に似すぎていて、『バーニング』のレジュメを読んでいるみたいだった。ここまで似すぎていていいのだろうか。
B:リスペクトした作品だと言うが、そんなに似ている? 私は『バーニング』を知らないのだけど。
D:同じような枠内でアレンジするのはいいと思うけれど、出会い方や、姿の見えない猫がいるとか、酷似している。
B:バイセクシャルの活動家はいる?
D:それはいないですね。
B:腐女子の二次創作という感じがしますね。男性同士の関係を追加したかっただけ、みたいな。
D:後半は違ってきているけれど、前半は描写までそっくり。舞台をタイの軍事政権下にして。
「秘密警察」はゼロコロナ政策などを受けて書かれた現代小説。私は、わりと硬い作品は読みやすいと感じた。
「穴の中には雪蓮花が咲いている」。私もこの作品が一番好き。小説らしい。全然違うのだけど、川端康成「雪国」を思い出した(言葉の柔らかさなど)。今はチベットも中国化されているのだろうけれど、その悲しさを感じる。穴の中に雪蓮花が咲いている、という象徴がいい。
B:チベットの民族衣装の描写がなかなか。
D:綺麗ですよね。
B:知らない文化だけれど読んで想像することができる。
「逃避」は一番読みづらかった。
シェリスおばさんのアフタヌーンティー。面白かった。台湾という、国として認められていない集合体の悲しさ。3人の少年が悪態をつきながらごそごそする、青春のほろ苦さ……。最初、「鳥の巣」が何かわからず、建物か遊び場かと思った。「鳥の巣」は車椅子の障がい者なんですよね。これは、台湾が独立国としてのアイデンティティを持てないことのメタファーか。終盤、「鳥の巣」は亡くなりますよね。自死かどうかもわからない。子どもたちがそう言っているだけで。
台詞がイキイキとしていて、ありきたりじゃない。映画にしたらいい。
「絶縁」。難しい。主人公は潔癖症気味で、潤燦がアカデミーの講師になったことが許せない。先輩夫婦は大目に見たらいいんじゃない、と言う。だから主人公は先輩夫婦と絶交することを決めた……こういう感じで絶縁します? 先輩夫婦のことをそんなに嫌いなわけじゃないですよね。かつて自分自身が四角関係だったことを知られているのがいやなんでしょうか。わからないな。自分の過去を知っている人と付き合わないとかはありますね。
A:私が思ったのは知識層にある倫理観。政府は女性を解放するほうに進んでいて、でも国民はついていけない、という感じで書いたのだろうか。先輩は冷静に対処しているけれど、主人公は潤燦の男女関係について許せない人物。主人公のほうを韓国の伝統的な倫理観に合わせているのかな。
D:主人公が古い考え方を持っている、と。そういうジャンル分けのほうがすっきりしますね。「妻」もそうだけど、倫理観が限定的だと、傷ついたり傷つけられたりも限定的なんでしょうね。いろいろなものを切り捨てたら傷つくこともなくなる。そういう方向に向かっているのは確かですね。
◆最後に一つ言いたいのは、植民地を経験している韓国、ベトナム、台湾の政治的切実さ。政治的マイノリティーである国の人が書いた作品には訴えかけるものがある。
日本や中国、タイは植民地になったことがない。「秘密警察」は面白いし、「無」も素晴らしいが、いまいち閉ざされていると感じる。

<参加者E>
◆予定変更により急遽参加を決めたので「無」しか読んでいない。同じ作者の『コンビニ人間』にも変わった男性が出てきたが、変わった人間、自分と違う人間をここまで描けるものかと思った。こんな立派な文章は私には書けないし、発想さえ出てこない。
◆東京タワーから感情が流れてくる……発想が面白い。そう想像したとしても、自分が作品にできるかというとできない。
◆世代のことも、「安定志向シンプル世代」「リッチナチュラル世代」など、上手に分類している。確かに流行を何年かごとに世間が作っているのかも。巧いところを突いている。
◆無の社会は理解できないが、現実も確かに混沌としている気がするし、正しい社会とかないんだろうなと思った。
◆私は(小説が)理路整然としていないといやだから、このような作品は書けない。でも、今はこういうほうがウケるんだろうな。
B:このアンソロジーの中でも、「穴の中には雪蓮花が咲いている」はリアリズム小説でした。

<参加者F>
「無」について。
*世代によって考え方や流行が違うのはすごくよくわかる。2・3日前にパーマをかけようとしたんだけど、でも流行ってないなぁって迷って。好きなものより流行りを気にしてしまう。作中で喪服が流行った時期があったけど、現実でもコムサが流行ったことがあるし、上手に取り入れている。流行りに準じたら安全牌。その中でも自分らしいものを探しながら生きている。
*東京タワーから電波が出て左右されているというのは、人間がテレビやラジオを信じて動くこと、戦争になる前なんかに同じ方向に流れることを連想させて、よくわかる。情報の怖さを表している。戦争も情報戦だし。
*美代は恋愛感情、発情、孤独感があるのに母性だけない、のというのがすごくわかる。私も26歳で子どもを産んだが母性がわかなかった。愛情が無いと重いだけ、迷惑なだけの存在。周りは「産んだら可愛くなる」と言っていたが全然可愛くなくて。社会と切り離されて、誰にも相談できなかった。今と違って、母性神話があり「子どもが可愛くない」とは言えない時代だったし。殺さないようにして、4ヶ月で保育園に入れて……。だから、美代が言っている「今からでも母性が送られてくれば」という気持ちがよくわかる。
*わからないのは美代が無になったこと。無になるってすごく大変じゃないですか?
B:普通に考えれば美代は精神に異常をきたした。
F:教祖みたいになっているわけではない。
B:東京タワーから感情が流れてくる、というのは美代がそう思い込んでいるわけだが、その妄想が本物になってしまったのかもと読者に思わせる。作中では結果的に現実になっていて。それまでに何かあったのだろうけれど、語られていないから、どんでん返しでびっくりした。
F:奈々子が「あの人が化け物だってことを……」と言っているの、すごくわかる。親と子の関係。私は子どものころ、父が夜遅くまで帰ってこなかった。おかしいと感じて、それが修復されないままできている。こういうことを書けるのは強み。
P17、彼氏が東京タワーについて話すところが面白い。それぞれ自分で思う東京タワーがある。すごいエリートの人たちが完璧に計算している……私は納得できる。
◆もう一つ良かったのは「ポジティブレンガ」。普通に綺麗に見えるけれど、蓋を開けると真っ黒で汚い世界が広がっている――すごくわかる。小説の課題に悩んでいたけれど、この線で書いてみようと持った。ヒントをくれた作品。話もわかりやすい。
「妻」。アイシャを家に入れるようなことって日本でも普通。だから何、って思った。アイシャと夫が寝室に入っていくとき、主人公は孤独感を感じているけど、自分も遊んでしまえばいいのに。なんで家にいるんだろう。遊びに行けばいい。
B:これは主人公が、自分が夫にとって100%愛される存在ではない、アイシャを入れたら(不足を)補えるんじゃないか、と考えた結果では。
F:そこまでするなら遊びに行けばいい。日本だとそうなる。マレーシアのイスラム教徒は難しいのかもしれないけれど。
A:主人公は、夫はアイシャのほうに行くだろうと思って、捨てられる前に宛がってしまおうとした。でも我慢しきれない。
F:だから遊びに行けばいいじゃない(笑)。
「逃避」は何を言いたいのかさっぱりわからない。逃げられないのかな。
A:なんで風呂場で倒れている設定なんだろう。普通に見ていればいいのに。
F:母親は子どもの犠牲になるのがいいの? 読み方がわからない。刷り込まれているから、そこから逃げられないってことになるんですかね。
「秘密警察」の夫婦観は「無」「妻」の夫婦観と似ていて、「最適な伴侶は物(みたいなもの)」。夫婦ってなんだろうという部分が似ていると感じた。
「絶縁」。人物名が漢字なので覚えられない。韓国ドラマや映画、小説は片仮名表記が多いのに、なぜ編集者は漢字にしたのか。
D:(漢字だと)残らないですよね。
「穴の中には雪蓮花が咲いている」は、喩えがわかりやすくていい。「木にたとえれば、何十年も年輪を重ね、幹はすっかり太くなり(中略)とはいえ(中略)ありふれた一本に過ぎず、取り立てて特徴があるわけではない」(P256)など書き方が上手。「棘だらけの木と化した」(P280)もわかりやすい。
でも、やっぱりテーマ的に腑に落ちない。なぜ最初から駆け落ちしないのか? なぜ行かなかったのか? そうしたらこんなストーリーにならずに済んだ。
A:主人公のほうがまだ子どもで、結婚するということがわからなかったのでは。
「燃える」。一生懸命読んだが何を言いたかったのかわからなかった。
A:なんで3人で寝るのかな。
F:章ごとに視点が変わることに気づかなかった。小説の学校に提出したらわかりづらいと指摘されそう。
B:この作品は二人称小説。小説として二人称で呼びかけるからには、作品の内容にそういう叙述が成立する仕掛けがほしい。
A:(視点人物が移ることで)「あなた」が変わっていく。
B:どの人たちもあなたですよ、政治への戦いの中に自己を投影してください、という意味だとは思うが押しつけがましい。作品に引きずり込もうとするのは作者の横暴では。
F:一人称は「私は」を書かなくても通じるが、二人称は「あなたが」と書かないとわからない。くどくなって、余計ストーリーがわかりづらくなっている。これは成立しているのかな。
B:あまり成功しているとは思わない。
シェリスおばさんのアフタヌーンティーセントルシアがすごく綺麗。ここが舞台になっている意味がわかる。
D:いい小説ですよね。

<参加者G>
「無」。無になりたいという気持ちはわかる。現代は情報や、やることが多すぎて疲れるので。でも生きている以上、無にはなれないし、なろうとすると周囲との関係が断絶してしまう。
「ポジティブレンガ」。読みやすかった。ネガティブな感情を抑えつけている主人公はどこかで限界がくるというのは読んでいてわかったが、街を壊していくのは予想外で面白かった。黒い中に希望があるというラストが印象的。
「燃える」。3人で寝るのは、国は違っても、同じく戦う者同士の連帯を表しているのかなと思った。
「秘密警察」。最初のほうはコロナ禍の閉塞感もあり読みづらいと思ったが、猫が登場して俄然面白くなった。秘密警察というタイトルから、秘密が無理やり暴かれたり探られたりする展開を想像していたが、秘密を自分から脱いでいくのは予想外だった。秘密警察が捕まえにくると思っていたので。主人公の秘密が読者に明かされる部分はミステリーの謎解きのようで心が躍った。このアンソロジーで一番好きな作品。
「穴の中には雪蓮花が咲いている」。小説としてわかりやすい。大変な状況だけれど最後に希望が見える、明かりがともるというのは王道。文学学校で好まれそうな作品だと思った。
「逃避」。それぞれが与えられた役割(主人公の場合は「母親」)から逃げようとすれば死ぬしかないというのはわかる。もちろんそうでない人もいるだろうけれど、逃げるのが難しい人は多いはず。死神が救いのようにも見えてしまう。
シェリスおばさんのアフタヌーンティー。もしかしたら象徴的に描かれているのかもしれないが、私は少年たちの青春を描いた作品として読んだ。その背景に、国と国との関係があり、情勢によって少年たちの関係も変化していくのかなと考えた。国同士の関係も、人と人の関係も簡単に断絶してしまうものだ。
「絶縁」。すごくシンプル。価値観、モラルの相違により道が分かれるというのはよくあることだと思う。私自身、モラルの違いにより決裂した友人もいるし、別の友人同士が決裂したこともある。思想が異なるのは構わないが、モラルの基準が合わない人とは付き合えない。
◆私はこのアンソロジーの作者たちの世代と比較的近く(少し下かな)、全体としてすんなり受け入れられた。ずっと、自分の中身が空っぽで、そこにたくさんの情報が注がれている、みたいな感覚がある。だから、東京タワーから感情が流れてくる(と感じる)「無」や、「自分の存在を(中略)できれば消してしまって、空き瓶のようにお客様を入れる(P212)」という文章がある「秘密警察」がとくに印象に残った。

<フリートーク
【「無」について】
E:グリーン・ギャルって本当にあった?
B:現実と少しずらしている。喪服の流行も、現実ではゴスロリとかあったから。
G:時代もずらしていますね。51歳の美代が高校のときスマートフォンがあったので舞台は近未来。
F:若い人は無になりたいけど、私くらいの齢になると無が怖くなる。忘れていく。
G:自分が器みたいな感じがするんです、情報がありすぎて。
F:器を空っぽにしたい、と。
B:この小説の怖いところは、「無になりたい」と描き、それを流行として突き放しているところ。誰にも肩入れしていない。
一種の新興宗教ですよね。仏教の悟りに近い。「俗世を離れたい」と「現代の若い人の潮流」をなぜ接続したのかはわかりませんが。普通に考えれば批評がある。若者の信仰も熱に浮かされているだけだよ、と。
この作品は読み取るのが難しくて。美代が東京タワーを意識したのは母親に拒絶されたとき。普通は憎しみの対象になるはずなのに捩じれている。憎しみは、子どもを見たときに流れてきている。美代が幽霊かマリアかわからない存在になって叫ぶところが、ゴジラとなってタワーを倒すのか、一体化するのか、どちらか悩んでいる。

F:私は精神病としてのイメージしか広がらなかった。
B:美代は母というものにトラウマがあった。母に受け入れてもらえなかった代わりに、高度な管理社会で依存的に生きていく自分を作っていたが発狂へと至った。母から愛されればそうはならなかった。
F:なんでいきなり無になった?
B:祭り上げられた。もともと東京タワーにこだわっておかしかったが、見当識がなくなって精神病が進行した――リアルに考えればそうなる。
E:よくできていますよね、小説として。
B:1984年』のビッグ・ブラザーを参照軸として、西洋人にとってのビッグ・ブラザーは人を管理する悪の存在として立ち上がってくるが、日本人にとっては「ビッグ・マザー=空虚な母」が悪なのでは。
F:無って日本特有の文化。何かにすぐ飛びついて。フランスに行ったとき、びっくりしたのは流行がないこと。ミニスカートもいればロングスカートもいて……。日本って変わっているんだって。
「無」には日本文化的なものが含まれている。友達がいないキャラの夫を死なないように食べさせて身の回りの世話をして、その書き方も面白い。
B:海外では、悪は父性として立ち上がる。支配する存在が母として立ち上がる部分が日本らしさとして見えた。
D:統一地方選挙。私のTwitterのタイムラインとは違う結果が出た。人間が見ているところは狭い。実際は、当選した人を支持している人が多い。
B:どっちが正しいとかじゃなく……
D:お互い、狭いところをみている。
F:今回、投票率がすごく低かったんですよね。50%を切ったらやり直せばいいのに。

【「秘密警察」について】
A:「秘密警察」で、主人公が夫を告発したのはなぜ? 彼女は最後まで、夫を売ってしまったことにこだわっている。
F:もっとはっきり書いてほしい、猫もわからない。
G:私、猫が出てきたから読み進められました(笑)。猫は秘密の象徴で、それがどんどん膨れ上がっていくんですよね。
A:偽妊娠は?
G:それも、その後書いていないですね。妊娠を怖がる人は想像妊娠しやすいそうですが。「まだ肉体を持たない子供と力比べ」……役割に縛られているということかな。

【「穴の中には雪蓮花が咲いている」について】
B:「穴の中には雪蓮花が咲いている」が小説として読みやすい。作品のテーマとしても、主人公の再生としてもわかりやすい。どうして最初、ソナム・ワンモを選んであげられなかったのかわかる気がする。
D:幼かったのでは。
B:妹のようにしか思ってなかったから。
F:家柄的なものはなかったんですかね? 主人公の家が上回るかといえばそうでもない、とか。

【「絶縁」について】
F:最近、人間関係の断捨離をしていたという知人から連絡がこなくなった。友達じゃなかったんだけど、私が言ったことが気になってたみたいで。その人は、自分と環境が違う人と交わらなくなった。
E:この年になってくると、意見の違う人と付き合わないですよ。
F:でも、いきなり連絡がこなくなって。
B:断捨離という言葉を使うと、後ろめたさなくできてしまう。ちょうどよかったのでは。

【全体について】
D:なかなか考えさせられるテキストでしたね。
F:自分では手に取らない。
B:国によって作品に特色がある。
D:「無」は日本的ですね。
B:日本では政治的葛藤が少ないから、こうならざるを得ない。もちろん、作者も社会のことを考えているのだが、他の国の葛藤に比べたら甘い。
F:女性にしか書けない、女性の気づきを感じた。
村上春樹パン屋襲撃』という短編があって。日本人はわからないが、海外の人が読むと「なるほど」となる。日本人はすごいことが起こっていても知らん顔しているイメージ。熱くなる人がいないのかな。だめですよ、無になっちゃ。
D:この本のカバーは黒だけど、斜めにするとレインボーの粒子が光るんです。絶縁するけれど希望もある、という意味が込められているそうです。

 

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