読書会LOG

R読書会/Zoom読書会

『流浪の月』凪良ゆう(東京創元社)

R読書会 2021.11.27
【テキスト】『流浪の月』凪良 ゆう(東京創元社) 
【参加人数】7名
※今回はオンラインでなく、久しぶりの対面形式でした。

<推薦の理由(参加者A)>
凪良ゆうの『滅びの前のシャングリラ』を読み、ページを繰る手が止まらなかった。「読ませる力」がすごい。出来事に想いを乗せて語っているように感じたから、読みやすかったのだろうか。
読書会や合評会で「読みやすい」と言うと、肯定的な意味で取る人と、否定的な意味で取る人がいる。(否定的な人は)「読みやすいけど漫画的、アニメ的」というふうに。私自身は読みやすいほうが好きなのだが、なぜ人によって違いがあるのかと思い、この作者の作品を推薦した。
参加者G:Aさんは『滅びの前のシャングリラ』を挙げられたが、私は『流浪の月』のほうが、より人間が書けていると思い、こちらをテキストに推した。

<参加者B>
◆今回で読むのは2回目。去年の11月(1年前)は、今村夏子『むらさきのスカートの女』、若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』、村上春樹『猫を棄てる 父親について語るとき』、凪良ゆう『流浪の月』の4冊を読み、その中で一番印象が薄かった。
◆私は表紙にこだわるのだが、『流浪の月』の単行本の表紙はアンティークで素敵だと思った。
◆読みやすかった。一章「少女のはなし」が頭に入らなかったが、終章「彼のはなし」を読んだとき、一章がリフレインで響き渡った。一章だけを読むと誰の話なのかわからない。こういうふうな、かき乱される書き出しがあるのだと感心した。
◆一章はルビが多く、なんでこんなに振るのかと思っていたが、章が進むと減っていき、(一章のルビの多さは)9歳の少女目線だからだとわかった。
◆一章で、更紗の父が亡くなり、母がいなくなるという急展開をさらりと書いているので、もっとすごいことが起こるんだと予感させられた。
◆テーマは【事実と真実の間には月と地球ほどの隔たりがある】だと思う。(物語の中で)人々の憶測と偏見が続くのだと読み取れた。
◆結末にも事実と真実が両方入っていると思った。
更紗と文が社会に晒されて(2人以外から見れば)不幸な境遇だけれど[=事実]、2人は不幸ではない[=真実]。
また、タイトルにも真実が隠れていると思う。表紙の英題は『The Wandering Moon』で、「wandering」には「流浪」のほかに「漫遊」という意味がある。更紗と文が流離いを楽しんでいることを表しているのでは。:流浪[=事実]、漫遊[=真実]
⇒更紗と文は世間から見ると可哀想な存在だが、2人にとっては世間などどうでもよくて、2人でならどこへでも行ける。そんなテーマが隠されているのでは。
◆子どもがいないから自由だというのがある。子どもがいると社会と対決していかなくてはならないので。更紗も文も性的対象者がいないという設定が巧い。

<参加者C>
[事前のレジュメより]
 読み終わって、人間って複雑なんだな、めんどくさい生き物なんだなと思いました。梨花が彼等の理解者でいてくれてほっとしました。
 《1》ストーリーを紡ぐ密度が濃く、展開が巧い
亮が更紗の態度の変化に気付き『calico』まで尾行してきた場面から物語の進行が速くなります。私はどきどきしながらページをめくりました。
 《2》繊細な人物描写
  どの頁を開いてもこの作者独自の表現があり、人物の心理をこれでもか、これでもかと深掘りする手法に圧倒されました。
 《3》登場人物の設定
 同じような環境で育った人物を揃えました。トラウマを抱え、自分が何者であるかを探っているような人物たちです。この中で、安西さんは、適当に雑さがあってちゃらちゃらしているようで芯の強い部分があります。私はこの人物に好感を持ちました。DV男の本質を知っており更紗の力になる人物です。更紗と文は繊細すぎるところがあるので、彼女がいることでこの小説の質を高めたように思います。
 谷さんの存在も大きいと思います。彼女がいることで、ノーマルな男女の恋愛とロリコンの違いがクローズアップされ、谷さんの言葉や行動が、文の苦悩を理解する上でとても大切な役割を果たします。最終盤で、文は第二次性徴のときに発達が停まってしまう病気を抱えていたことが分かります。
 《4》各章につけられた小見出しに違和感
 「彼女のはなし」など、抽象的な小見出しにした理由が分かりません。四章を「彼のはなし」にして文の視点で描くためかな、と邪推しちゃった。四章だけが説明調になっているのが気になりました。二十年もの期間を書くには、説明が多くなるのは仕方ないでしょうが、違和感は残ります。終章「彼のはなしⅡ」も、視点は更紗で書いた方がいいように思いました。
 《5》心に残る文章はいくつもありましたが、店を辞めるときの更紗の想いが胸に刺さりました。「優しい人だ。だからこそ、こんな優しい人ともわかり合えないことに絶望してしまう」(P256)

[以下、読書会にて参加者Cの発言]
◆この本を読んでショックを受けた。
◆まず残ったのは亮くん。執拗なDVにびっくりした。彼の父親もそういう傾向なのが興味深い。
◆次に、週刊誌による暴露とインターネットでの中傷。この2つが文と更紗を社会から排除していく。
◆そして、どのページを開いても人間が掘り下げられていること。作者の文章力はすごい。
◆一番の悲劇は、更紗が孝弘から猥褻行為を受けたところ。その成育歴が、セックス抜きの人間関係を求めていくことに繋がる。そういう意味では清潔感のある作品。
◆私が背伸びをしているのかもしれないが批判的に思う部分もある。「彼のはなし」をなぜつけたのかということ。私は、文の説明調の四章ではなく、あくまで更紗の視点で書いたほうが深みが出るのではと思う。
B:私は四章の「彼のはなし」で文の事情がよくわかった。文学的にどうとかは置いておき、読みやすかった。
E:四章の内容を、更紗視点の本編に入れるといいのだろうか。
B:文の事情は、これまでの更紗視点である程度わかっているから、敢えて入れたのでは。
C:大人になれない、裸になれないという話を集中的に書きたかったのだろうが、私は本編に入れてほしかったと思う。

<参加者D>
◆オンライン環境が整っていなかったので、久しぶりに参加させていただく。
◆読みやすい。読ませるだけの文章力がある。女性作家の作品は巧いと思う。表現も巧いし、(読んでいて)まいったと思わせられる喩えが入っていたり……。見たことのない表現が多く、プロの力を感じた。
◆作者は「事実と真実の違い」に視点がいき、この作品を書くことを思いついたのだろうか。
監禁、DVなど現代の社会問題をうまく取り込んで読者を惹きつける。
◆キャラクターを上手に作れば、小説としては半分成功したようなものだと聞いたことがある。作者は、更紗と文という対照的なキャラクターを形作った。2人以外の登場人物も「ここまでの人はいないだろう。でも、もしかしたらいるかも」とぎりぎり思わせる設定で巧いこと書かれている。
◆私もCさんと同じで四章はいらないと思った。
LGBTはよく小説で取り上げられるが、第二次性徴が来ない病気を扱った小説はこれまでなかったのでは。
C:(登場人物の)安西さんのことはどう思った?
D:子どもを置いて遊びに行く人はいても、ここまでの人は……と思うが、いるかもしれない。
B:安西さんが沖縄旅行から帰ってこない場面はシングルマザーへのバッシングみたいに感じて私は嫌だった。
D:実在し得る限界というか、実在するかもしれない、そういう人ばかりが出てくるのが小説なのかな。
G:デフォルメしている。
C:亮くんの従妹の泉ちゃんもいいキャラクターですね。更紗(と読者)に、亮くんの過去を伝える役割を担っている。
D:亮くんもいい。好きだからやってしまうというところが巧く書かれている。
谷さんも極端。登場人物は極端な人ばかり。
G:みんな欠けてるんですよね。

<参加者E>
◆二章「彼女のはなし」は9歳の更紗視点なので、子どもが知らないであろう慣用句などは使わないように書かれていた。
◆更紗と文の認識も違っているところが面白かった。更紗は、文は少女しか好きになれないと思っているが、実はそうではない。
C:(2人の認識が)すれ違っている。読者には四章で、文が抱える問題が明かされるけれど、更紗にはわかっていない。いろんな角度から人間を描いている。
E:キャラクターを立てるために特徴をつけたのかなと思う。
◆ラストで文が「どこでもいいよ」と答えるのなら、文の孤独をもっと掘り下げるべき。例えば文が、亮くんに殴られる更紗を、身を挺して助ける場面などがあれば想いを描けたのでは。
あるいは、「彼のはなし」の中で、更紗のおかげで自分の気持ちが変わったと書かれていたら、はっきりわかるかなと思う。
◆私はこの本を物足りなく感じた。書き方のせいだと思う。
A:あっさりしすぎてるとか。
E:「赤い薔薇」というと赤い薔薇を思い浮かべるが、「赤い薔薇」を別の言葉で表現してほしい。私は純文学をたくさん読んできたから、頭の中でイメージを作っていくほうに慣れている。そこが物足りないんだろうと。

<参加者F>
◆今、皆さんの意見を伺って、タイトルについて考えた。登場人物はみんな欠けている。欠けているから「月」。欠けている登場人物全員が「流浪の月」なのかなと思った。
◆すごく巧みな作品。紹介していただいてよかった。
◆展開は意表をつくものではなく、例えば、亮くんがサイトで文のことをばらすのは予想がつくのだが、そのとおりになっても目が離せないし、飽きさせない。心の動きを描くのが巧みなのだと思う。現実にあり得る/あり得ないじゃなく、この世界ではこうなのだと読者に納得させる心理描写が見事。
◆それだけではなく、プロットがとても精密で、谷さんが更紗をストーカーとして派出所に突き出したところが、のちのち警察署のシーンに生きてくるところなど、すごく練られている。設計図を見てみたい。自分で書き出してみたら勉強になるだろうなと思った。
私の場合、プロットを立てて書いたらプロットに引っ張られてしまい、登場人物の行動に無理が出てしまう。プロにはそれがない。登場人物が自然に動いている。
◆書き方もいい。亮くんなど、もっと悪者にもできるのに、人は一面ではないということをちゃんと表している。最近、エッセイ漫画などで、明らかに相手を悪役として描写している作品が多く違和感を感じていた。エッセイは主観的なものなので仕方ないかもしれないが、小説だと、より人を多面的に描けるのだろう。
亮くんの苦しみも伝わってきて、彼もどこかで救われたらいいなと思う。そう感じさせるほど立体的に描けている。
◆エンタメを意識して書かれた作品は、ひっかからず、すらすら読めるから印象に残りにくいというのはあるかもしれない。同じくBL出身である作家・一穂ミチ『スモールワールズ』を読書会で取り上げたときも「印象に残らない」という意見があった。ただ、忘れたと思っていても、何かの折に強く思い出すというのは(エンタメ作品に限らず)あるのではないか。
◆感想としては、人間関係のかたちに名前をつける必要はないというのに納得した。私はもともと「友達」とか「親友」とか、自分で定義したり、お互いで言い合ったりしていることが不思議だった。「一緒に○○したい人(ご飯を食べたい、こんな話をしたい、など)」でいいと思っている。
だから文と更紗と梨花(安西さんも含めるかもしれない)、その関係がとても心地よかった。善意を寄せてくれる人とでさえ隔たっていく世界だけど、救いがある。

<参加者G>
◆アイスクリームはご飯ではないというところ(=固定観念の話)から始まるのが示唆的。「普通に」社会へ出て、恋愛して、結婚して……そこから弾き出された人間はどうするのか? という問いかけ。
◆事実と真実の乖離を描き、キリキリする雰囲気を醸し出している。
◆一番印象に残ったのは亮くん。DVをする人間の本質をよく捉えた描き方がなされている。読んでいて、ぎょっとしたのが、P208「どうして許可されなくちゃいけないの?」と更紗が返すと「え?」となる場面。自分がマウントを取っている自覚がない。亮には、「(自分が)許してやっている」、自分は絶対善だという潜在意識がある。自分が相手より上であると思っているDV加害者の特徴がよく出ていた。
DVは連鎖する。亮くんの父親も、かつてDVをしていた。自分が心底愛したり愛されたり、同等の人間関係を築いたことのない人間を巧く描いている。
2022年公開予定の実写映画で、亮くんを横浜流星さんが演じるそうなので頑張ってほしい(更紗は広瀬すずさん、文は松坂桃李さん、谷さんは多部未華子さんが演じる)。
◆更紗も谷さんも、文の真実(体のこと)を知らない。その秘密が剥がれていく四章を読んで私は附に落ちたが、ぼかしたほうが考える余地ができて、文学的価値は上がるのかもしれない。なにもかも説明してしまうので、Eさんが仰られたような「物足りなさ」を感じるのだろう。作者にはっきりとしたイメージがあり、言葉遣いにも若者言葉(「やばい人」など文学的ではない言葉)が多いから、軽いエンタメになってしまうのかも。
私自身は、エンタメと純文学を分けるのは好きではない。人間が描かれていればいいと思う。

<フリートーク
【タイトルについて】
B:タイトルの『流浪の月』が小説中に出てこない。私はエッセイを書いているが、作品の中にタイトルに使われている言葉が出てこなければならないと講師に言われた。
G:エッセイは目的を持ってテーマについて書いているから内容を示す必要があるのでは。小説は暗示するもの。
B:私は『流浪の月』というタイトル、すごくいいと思う。
G:私はこの作者はタイトルをつけるのが下手だと思った。安っぽく感じるというか。
C:私もタイトルはいまいちだと感じる。

【登場人物の造形について】
◆B:小説の書き方を習っているとき、「(作品に)悪者を投入したら面白くなる」と教わった。プロの作品はよく考えて書かれている。

◆B:更紗が誘拐されたと報道されていたのに、(更紗の母親の)灯里さんが出てこないのがショックだった。結局、最後まで出てこない。
C:確かに最初にしか出てこない。
G:彼女はまったくべたついていない。
F:作中で更紗が考えたように外国にいたのかも。灯里さんが最初しか出てこないのは、更紗の状況を作るための、作劇上の都合なんでしょうけど。
D:(読者が)ついていけるギリギリの人ばかりが登場するが、一番ついていけなかった展開は、文が更紗を家に置いていたところ。もうちょっと裏付けがほしかった。
C:私は、その部分はよかったと思う。文は、自分を成長しないトネリコと重ねていて、女の子に興味があるわけではないのに女の子を見ていて。自分と同じような目をした更紗を放っておけなかったのだ、と。
A:文が9歳の更紗を放っておけなかった理由は第四章でわかる。第四章は蛇足的と感じる部分もあるが、腑に落ちた。
D:文の問題は、少女が好きなことではなく、体のこと。どこかで打ち明けないと心が保たないですよね。
B:でも、文も更紗も「言えない」。だから惹かれ合う。
G:更紗が文についていったのはシンパシーを感じたから、だと。
C:更紗は文の家で自由を発散していた。
A:文の家にいたときの更紗は、彼女の母親のように自由だったのに、三章で真逆になって。三章くらいから、面白いなぁと思って読んでいた。

【作中で扱われている社会問題について】
B:9歳の更紗が、孝弘に猥褻行為をされたことを言えないのはわかる。でも24歳になったのだから、(文に対する誤解を解くために)警察で説明するべきだと、読んでいて苛立ちを感じた。こんなふうに読者をもどかしく感じさせるのもテクニックかな。本当のことを話して、みんなが納得する展開になっても違うと思うし。
日本の性暴力に対する認識は諸外国と比べて遅れている。家族間の性暴力は、「嫌がっていなかった」というような理由で無罪になることも多い。被害者は、(加害者以外の)家族のことを考えてしまい、強く主張できるはずないのに。作中では、そういう問題提起もされている。
G:立場を利用しての虐待は、海外ではとても嫌われますよね。
B:そして、ソーシャルメディアでの誹謗中傷。今、社会が抱える問題を扱っている。この作品が書かれたのは2019年。何年かあとには、誹謗中傷への対処が適切になされるようになっているかもしれない。
E:イムリーな問題を扱っているから映画化もされるのだと思う。
D:最初から映画化を狙って書いているのかも。
B:作中にいくつかの問題(性暴力、誹謗中傷、DV、身体の問題など)が描かれるが、どんな人も、どこかに引っかかるのでは。
私の知人の女性は、子育てが一段落したので仕事復帰しようとしたら、それをよく思わない彼女の夫が口をきかなくなるということがあった。これもDVだと思う。
A:私は夫の立場ですけど、なぜ反対するのかわからない。世帯収入が増えるのに。
D:日本の男性は、まだそういう人が多いかも。
G:妻のほうがDV加害者である場合もある。事実と真実は、実際に入っていかないとわからない。
D:亮くんが『calico』で梨花の写真を撮ってサイトに投稿する場面には感心した。確実に文へダメージを与えられますよね。
C:亮くんの再教育は大変だと思う。
A:亮くんも苦しんでいる。
B:ストーカーにならないように別れないと。彼女が何も言わずに去ったら「何で?」となる。
G:亮くんの場合は未練じゃなくてDV。
ストーカーというと、今は、昔の恋人をネットで検索しない人は少ないんじゃないかな。
A:ネットのデジタルタトゥーは刺さりますね。半永久的に消えない。
D:匿名で好き勝手書ける世界を作ったのがおかしいと思う。新聞などには、まだ社会的責任がある。

【書き方について】
◆B:更紗と文の再開が自然で巧い。職場の苦手な先輩にカフェに連れていかれて……という展開は、私だったら思いつかない。
一章は9歳の更紗の視点で書かれているが、9歳はP27の2行目「自分を律して(中略)大変な労力を必要とした。」とは言わないのでは。
E:ただ、子ども視点になるよう、気をつけて書いているのがわかる。

◆B:P21「湊くん、わたしもぎゅってして」のあたりなど、作者は筆が乗って、流れるように書いていると感じる。
この作品は文学的ではないけど内容は濃い。
G:タイプ的には桐生夏生さんに近いかな。桐生さんよりも軽くて現代的だけど人間の心理を書いているところが。
B:人はしばしば、他人に取り扱い注意のシールを貼りたがる。「あの人には近づかないほうがいい」というような。私はそれによって先入観を持たないように気をつけている。

◆A:一人称で、語り手が感じたことだけ書いている。読みやすいけど残らない、面白くないという人もいる。
B:「薔薇は赤い」と書いたほうがいいという人もいる。そこは読者の好み。
A:意味があるなら、わかりづらかったり、読みづらかったりしてもいいと思う。
G:文体に酔わせるスタイルとかもありますしね。