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『パラソルでパラシュート』一穂ミチ(講談社)

Zoom読書会 2022.02.26
【テキスト】『パラソルでパラシュート』一穂ミチ講談社
【参加人数】出席6名、感想提出1名

<推薦の理由(参加者G)>
Zoom読書会では、男性作家の手による、現代以外や海外舞台の作品が続いていたので、たまには女性作家が書いた(作者の性別はあまり関係ないかもしれないが)現代日本が舞台の作品を取り上げてもいいかなと推薦した。舞台は大阪なので、関西近郊に住む私たちには想像しやすいだろう。
一穂ミチさんは、私が「こんな文章を書きたい」と憧れている人の一人。綺麗な描写がたくさんあって、でも登場人物の設定がすんなり入ってきて、すらすら読めるというのはとても巧いからだろう。過去作はほとんど読んでいたが、推薦した時点で『パラソルでパラシュート』は未読。しかし、この作者なら大丈夫という安心感があった。
直木賞の候補になった短編集『スモールワールズ』は、ミステリー風などわかりやすい起承転結がある作品が多かったけれど、この作品はまた違うタッチでよかった。あと、帯の煽り文とはイメージが違った。
合う/合わないはあっても、巧い作品なので書き方の参考になればと思う。

<参加者A>
◆さっき読み終えた。図書館で借りようとしたら20件~30件待ちで、ネットで購入したところ届くのが遅かったので。
◆読みやすく面白かった。文章や表現も巧い。自分では手に取ることがないだろうし、そうするとこの作者を知ることはなかったので、読書会に向け読めてよかった。
◆物語の舞台の一つであるシェアハウスは、南海電鉄汐見橋線沿線の木津川駅汐見橋線に乗ったことはないが、汐見橋駅の近くに大阪市立図書館があり、車でよく行く。知っている地名が背景にあると想像しやすい。大阪の街を知っているので非常に楽しかった。
◆主人公が作品に合ったキャラクター。感受性が豊かで、芸人相手に反射神経もある。主人公として申し分ない。おっとりして、ボケてていいキャラを作ったなと思う。
◆芸人世界の丁々発止のやりとりが巧く書かれている。素人と芸人の違いがよく出ている。芸人の感覚は独特で、そう簡単にはなれない。素人が面白いことをしようとすると笑わせようというのが前面に出てしまう・芸人の芸とは全然違う、というのがよく書き込まれている。芸人を描くために素人の視点を選んだのだろうか。
◆登場するのは、一線で活躍しているギラギラした芸人ではなく売れない芸人。又吉直樹『火花』も売れない芸人の話だが、そういう世界しか小説にならないのだろうか? 一線で活躍している芸人は作品にできないのか? そこでもうひとつ何かあってよかったのでは。
◆謎という謎はなく、最後まで読み終えて「よかったな」という感じ。
◆夏子の正体が何なのかが一つの謎掛けになっており、コントネタに絡んでいて、巧く扱っている。
◆コントのネタがいくつも出てきて、よく書けている。しっかり書き込んでいるのがすごい。作者には、もともと素養があったのだろうか。

<参加者B>
◆最初、ふわっとした恋愛ものかと思って読み進めたらそんなことはなかった。25%のところでワイン飲んでチーズ食べてセックスするんだろ、みたいな偏見があったので。
◆コントのネタが書き込まれており、大変な作業量。私だったらやらないなと思う。
現代社会で生きる者がしがみついている、いろいろなパラシュート。生きづらさを、ふわっとシビアに嫌味なく書いている。現代は、告発調で書いたら読者に受け入れられにくいのだろう。女性の生きにくさが描かれているが、経済的に自活しなければいけない雰囲気は、男性である私自身身につまされる。
◆恋愛ものかと思ったら、ちょっと変わった人たちが暮らす家の話だった。切実だが、悪人はあまり出てこない。コミュニティが救いになる、こういう作品を読みたい人もいる。人間のコミュニティは現代において解体されがちだから受けるのだろう。
◆リフレインが効果的。ラスト、あべのハルカスで、大阪城ホールでの靴擦れや、弓彦の自転車に乗ったことを思い出したり。
◆大阪には以前住んでいたので懐かしくなった。汐見橋駅は聞いたことはあるけれど、どんなエリアか思い浮かばない。複雑な都市だったと思う。
◆あまり語らないけれど印象的なシーンでキャラクターを浮かび上がらせている(浅田さんなど)。弓彦だけ掴みにくい。彼だけ地に足がついていない印象。話を運ぶ役目だからかもしれないが。

<参加者C>
◆こういう設定でいくか、ありきたりだと思って読んでいくと、ありきたりな展開じゃなくなっていく。会話が多く文章が読みやすい。辛子が利いている。くすっと笑えるところもあった。
◆私の世代は恋愛至上主義。恋愛して、結婚して子どもを作る、みたいな生き方がいいとされていた。30歳までに結婚して、親の介護をして……。レールから外れると後ろ指を指されるような風潮だった。
だから、この作品に出てくるような生き方(恋愛にもならず、三角関係にもならず、コミュニティの中で生きていく、というふうな)がすごくいいなぁと思うようになった。親の介護も、今は公の機関があるし。
◆程よく貧しく、なんとか食べていって、毎日面白いことを考えて生きていく。将来のことを考えない生き方はいいなぁ、と思う。
◆定型的ではない人間関係が新しく生まれてくる。恋愛でもないし、三角関係で争うわけじゃない、なんとなく一緒に生きていきましょう、という柔らかな関係。
◆実際にはパラソルではパラシュートのように降りられない。計画性のある人生を歩む人からしたら、「じゃあ将来どうするの?」となる。

<参加者D>
◆舞台になっている場所に、(読書会メンバーの中で)現在進行形で一番近いのは私じゃないかな。南海汐見橋線高野山方面へ行く列車は、現在では難波駅から発着するけれど、昔はあの辺りが起点だった。コアな大阪。
◆大枠としては、「比較的古い価値観ではあるが、まっとうな人生を送ってきたにも関わらずキャリアに行き詰まっている主人公の女性が、異なるカルチャーに触れて前進する物語」。主人公の内面が、刺激を受けて変わっていく。
◆メインは恋愛ではなく、連帯とか横の繋がり。
◆私はスタンダードに会社に入りたかったが失敗した人間なので、芸人の男の子の気持ちがわかる。入りたくて入ったわけじゃないけれどここにいる、というような。
◆個人的に気になったところ。「主人公・美雨は『夏子(亨の女装)』に惹かれていく。『夏子』の元ネタは亨が憧れていた義理の母親・葉月であり、亨は彼女を自分自身の姿に反映している」という複雑な設定。
美雨は「夏子」に惹かれて、その周囲の人々とも仲良くなっていくが、後半で「夏子」の元ネタとなった葉月が現れ、嫌悪感や嫉妬心のようなものを抱く。
 美雨:今までキャリアを積んできたが、この先どうなるかわからず気晴らしをしていた。
 葉月:想定されるコースで生きてきたが、行き詰まっている。
 ☆葉月に対して、「いや、あなたもっとやれたでしょう」と口に出さないが思っている。
  ⇒同族嫌悪。鏡に言うような構造。
  ある種、最初に惹かれた女装姿はある面で自分の延長線のようなもので、
  自分がひた隠しにしていた弱さを見て嫌悪⇒そこに核がある。
◆古典文学で三角関係というと、一人を二人で奪い合う。亨は秘めたる欲望を自分が女装することで解消している。ナルシシズムなど複雑な形で。
◆スタンダードな恋愛要素はないが、屈折した想いを感じられる意外な作品。
◆作中にもあったが、「パラシュート」で思い浮かぶのはメリー・ポピンズ。異邦人としてやってきて、引っかき回して、新たな秩序を吹き込んで帰っていく。
◆複雑で整理しきれていないが面白い作品。

<参加者E>
◆168Pまで読んだ。図書館では30人待ちだったのでネットで古本を買った。
◆同時進行で別の本を読んでおり、重い文体に傾いてしまったため読み切れなかった。
◆透明感がある。ドロドロはないが途中から面白くなった。恋愛が始まるかと思わせて、始まらないのがよかった。
汐見橋駅から韓国語の教室に行っていたことなどを思い出した。
私は主人公と同じくミナミが苦手で、ミナミの場面は現実感が湧かなかった。
◆(受付嬢の仕事を)30歳で切られるという部分にリアリティを感じなかった。私の学生時代の友人は卒業後、総合職に就いた人が多く、25歳で子どもを産むという人がほぼいなかった。また、その後に知り合った人たちは、無職やフリーターなどレールから外れている人ばかりだったので、「30歳で切られる受付嬢」は異次元的で不思議な感じがした。
◆私の息子は現在28歳と22歳。就職しているが、2人とも「ずっと同じところで働くことはない」と言っている。
主人公は29歳で、まだいろいろできるので、崖っぷちという感覚はない。受付嬢はそうなのかな。現代的な感覚ではないように思う。
◆ネバーくんが実家に帰る決断をしたのは潔くて好感が持てた。
折った5000円札をくれた先輩(栄作にいさん)のほうが現実を直視できていない。若い人はネバーくんのような感覚を持っているのかなと思った。
◆私の若いころにはシェアハウスがあまりなかった。若いころにあったら入っていた。芸人がシェアハウスをしているのは現代的。いろいろな価値観が混ざっていてパラレル。自分だと思いつかない新鮮な設定だった。

<参加者F(提出の感想)>
「芸人さん」の実生活とその内奥を描いたお話。社会的マイノリティの福音書という印象を持った。あるいは「いばしょ」の物語。自己表現が生活の糧に直結している人間やその生き様の困難さや崇高さがあざやかに描き出されている。何だかひとにやさしくしたくなる気分にさせる。
 この作品の登場人物たちは冒頭からラストまで、それから恐らく「今後」においても安定とは呼べない生活を送っており、一般に流布している「幸福」、はなばなしい「成功像」やだれもが焦がれる「理想像」とはほとんど無縁な日常を歩いているが、けれどもその内面はとてもゆたかで心地のいい充足感に満たされているように感じた。それは、作中のことばにもあったように、彼らが「自分に殉じて」生きているからだと強く思う。もちろん、社会に生きる多くのひとびとはだれだって自分というものに責任を負っているものだが、しかし、決まった時間決まった作業をこなすことで月々に安定した収入を得ていくタイプの人間たちと、ここに描き出されている人物たち――、固定化された時間や仕事への依存度が低い――、が「体感」している責任や覚悟の重みや苦しさはやはり質がちがうと思う。すくなくとも、後者は一歩間違えれば明日の飯に事欠いてしまうのだから。極端にいえば受動的な生き方と能動的な生き方のちがいがそこに現れていると思う。あるいは農耕か狩猟か。でも、毎日毎日ぎりぎりの生き方をしているからこそ、その人生はうつくしい輝きを放ってみえるんじゃないかと思う。安定して咲く造花の花は、やはり美とは無縁だと思うから。もちろんそれは「自分で選んで決めたことだから」という強靭で不屈な意志が反映されてはじめて成り立つ美なのだと思うけど。
 彼らはちゃんと生きている。じぶんの力で生きていこうとしているように思う。そこに、強い憧憬と感銘をおぼえた。「安全ピン」がひっそり放った希望のひかりはたしかにとても安らかだった。「本人たち以外にはとてもしょうもない奇跡」という文章には胸がつまる。また、大手企業の受付に容姿をみこまれ採用された主人公と、かのじょが負った「暗黙の制限」は、キャラクターバランスとして彼らと好対照を成しているだけでなく、「社会的マジョリティ」を表現する寓話的イメージとして、それから、直線的で切断的で虚栄的な現代への非難と虚しさを表すものとして巧みかつ闇が深い。その主人公が属する社会を浮彫のかたちで表現していく千冬というキャラもまたすてきな補足点だった。(浅野さんという、また別種の生き方を体現した支柱もよかった)傘をひろげて笑いながら落ちていく、という意味がこめられていると思う今作のタイトルは、他者よりも敏感に、そして切実に「生きづらさ」を感じているタイプの人間にはあたたかく穏やかな救済のメッセージがこめられているように思う。「ひとと違う生き方」を選択したものたちの深く強靭な絆の表現にもまた心を深くなぐさめられる。
 肌感覚の高い文章表現や描写もすばらしい。詩情もゆたかで目にあざやか。作品の主題を反映させるかのごとく、この作家さんは「じぶんのことば」で書いている、という印象がとても強い。「感じたものをそのまま描いた」ようなみずみずしい体感表現やじつにゆたかな色彩感覚、それから各種のリズミカルな擬音には胸がはげしくたかぶった。同時に、読み手の理解と共感を安定して維持するための客観的でクリアな語り口もみごとと思った。もしかしたら、この作者もまた、「じぶんのことば」の限界に息詰まり、大いに修練を積んだのかもしれない。亨が弓彦という客観視あるいは境界を得て自己表現の術に磨きをかけたように、やはりどんな世界でも、ひとりよがりの世界観では生活が成り立たないのだろうと痛感。
 プロットとしてもっとも効果的に思えたのは「ぐるぐるさん」の存在だった。彼がはらんだモチーフはさまざまに解釈されておもしろい。亨の本音が「ぐるぐるさん」をとおして美雨をつつむ一夜のシーンには肌がふるえた。涙さえ出そうになった。ポール・ギャリコの『七つの人形の恋物語』を彷彿。大阪弁で自己主張した主人公にも胸を打たれる。
 その後の「安全ピン」の腹をわった会話シーンもよかった。それと、たったいちどだけ(と思うけど間違ってたらすみません)「美雨」と呼んだ亨のすがたは演出として印象的。「雨」で幕となるさいごのコントもまたすてき。ひとりの人間として、希望と救いをまざまざ感じる。「はるさめスープ」を熱愛する主人公像とその変容はキャラの立体性だけでなく、その人生岐路を象徴する表現としてすてきだった。しだいに「お笑い」に慣れていくところも読み手として心弾ませる点のひとつ。「夏子」という幻影がつなぐ男ふたりと女ひとりのあいまいで微妙なバランスもまた魅力だった。さいごまで直接的な恋愛性を表さなかったところは個人的にとてもうれしい。作風的に、やはり「安定」は好ましくないだろうと思うから。また、さりげなく、あくまでもやんわりと演出される性的な表現も巧いと思った。距離感と熱量が絶妙と思う。
 何事にもニュートラルでつかみどころのない「亨」の、描かれていない水面下の時間(たとえば大阪弁の取得とか絵にかたむけた情熱とかひとり葉月を想う深さとか)はキャラとしても設定としても心をゆさぶるものがある。人物像の「弓彦」というキャラの牽引力はすさまじい。また、「葉月」の人生は迫真性があっておそろしい。
 それから「郁子さん」という作品土台がとても圧倒的だった。魔女というか山姥というか。(包容力という意味で)人生的なカオスというものを背負っている印象。いや、あるいは「大阪」というカオスそのものか。その過去に深く切り込まないところがまたよかった。(ちなみに文校のチューターと同名。むっちゃ似てる。イメージとして)魔法といえば「浅田さん」が現実補償として夢中になっているコラボカフェも印象的。「魔法はかけられるものじゃなくて自分でかかるもの」名言だと思う。「鶴」はとてもあたたかい。また、主人公のつぶやき、「現実を見てるからこそ、非現実を愛してんのに」もすばらしかった。
「生きづらさ」を抱えながら日々を送っているひとに真心から勧めたくなってしまう作品。心の暗い部分もふくめた、あらゆる存在、あらゆる認識にはそれぞれ居場所があるものなのだとやさしくいたわってくれる安らかな物語だった。

<参加者G(推薦者)>
◆何も解決していないけどほっとする、不思議な作品。
◆恋愛小説という括りではなく、人生について書いた作品だと思った。重く書けるテーマを敢えて軽く書いている感じがする。
ものすごい波乱があるわけでもない。葉月が亨演じる夏子のコントを観るところがたぶん一番の山場なのだろうが、それにしたって大きな衝撃があるわけじゃない。でも、「夏子」について丁寧に積み重ねられているから響くシーンになっている。
◆「葉月」は8月の別名だから「夏子」になるのだろうか。
◆美冬ちゃんのキャラクターがいい。
◆美冬ちゃんの言っていることが実現可能かは置いておき、セーフティーネットの話(296P)がとてもいいと思った。そこが裏テーマかな?
◆温かいけれどずかずか土足で踏み込まない関係が心地いいというのはよくわかるし、現代的だと感じる。
◆この作品はどんな人も受け入れやすいようになっているが(反発が少ないと思う)、この作者の、もっとエグい人間関係や、気持ち悪い人間を描いた作品を読んでみたい。

<フリートーク
【設定について ①なぜ芸人の世界を描いたのか?】
C:今の若い人は恋愛しないの?
G:ほかにいろいろな楽しみがあるのでは。趣味とか夢とか。
D:この作品は、男女の在り方などに変にこだわる枠組みがなくて、「どういうふうにやっていこうか」「利害が合えば協力し合う」みたいな程よい距離感が基軸になっている。それぞれが息詰まって、とりあえずやることがあって、行ける人は一緒に行こうか、みたいな。抜ける人は簡単に抜けられる。寄り合い所帯というか、空港のトランジットのような都会的な小説。
亨は北海道出身で後天的に関西弁を板につけたビジネス関西人であり、厳密な意味において土地に根付かない。そこだけ現代的。この作品では恋愛が主人公じゃないんですね。
A:恋愛を避けるために芸人の世界を使った。普通の男女なら恋愛になるが、芸人だからダサいことはできない。一般手的な現代の縮図ではない。そのためにこういう設定を考えた。現実は、そこまで時代は進んでいない気がする。
(主人公が勤めている会社のように)変な重役がいる企業はたくさんあって、とくに古い企業や同族企業などに多い。こういう切り取り方をするために芸人の世界を使ったのでは。

【設定について ②読者によって共有できる部分が異なる】
D:読む人によって、部分的に「ここ知ってる/知らない」があるんじゃないかな。
◆私の場合、どうやったら正社員になれるか、
(正社員として働く人は)どういう面接を乗り越えたのかがわからない。
明日から住むところが無くなるかもしれない芸人の状況のほうが想像しやすい。
◆舞台になっている場所も。私たちは大阪に住んでいるから想像しやすいけど、
東京の人が読んだらおそらく異次元だろう。ex)大阪は芸人・素人の境界が曖昧。
シェアハウスのある場所は都心だけど最寄りの木津川駅はボロい。知られざる南海電鉄の駅。南海ユーザーとしては「そこを使うか」と思った。取材が巧い。
A:私も場所は知っているが、そこから電車に乗ったことがない。殺風景なところからどう行くのか、確かに冒険的なものを感じる。場所を知らないと特殊設定が通じない。
D:桜島線安治川口は、あの辺りの冷凍倉庫や物流倉庫で働いたことがないとわからない。取材で相当歩いたのだろうか。
G:作者は大阪の人だそう。
D:南海あるいは阪堺ユーザーかな。
A:あそこは仕事をする場所ってイメージだったので新鮮だった。
D:私も焼却場や物流倉庫で知っている。行くのも大変、帰るのも大変、みたいな。
A:大阪を知らない人が読むと、観光案内のように、知らない土地を知る楽しみがある。
D:関西以外の人は、文章から関西弁のイントネーションを想像しにくいそう。実際に目の前で話しても「テレビと違うからわからない」と言われた。
E:関西弁ネイティブじゃない人からしたら関西弁ってどうなんだろう?

【設定について ③都会と田舎の対比】
D:この作品では、大阪のいろいろな場所に行くんですよね。シェアハウスはあるんだけど、USJで遊んだり、街を闊歩したりする。東京の人から見たら異次元の小説だと思う。
気にかかった言葉として、葉月の「地方には概念がない」(269P)がある。都会に住んでいるとキャリアを選択できるけど地方ではその概念がない。そういうのも盛り込まれている。
ちょうど、花房尚作『田舎はいやらしい 地域活性化は本当に必要か?』(光文社新書)という新書を読んでいたところなので「お」と思った。田舎の人間はいつもと違うことをやりたがらないので現状維持になってしまい、人間も産業も衰退していく。
葉月は美雨を「都会的」と言う。それを聞いて美雨は必要以上に腹を立てる。それも都会対田舎かなと。その意識の差はよく出ていた。
A:柴崎友香も大阪を舞台に作品を書いている。御堂筋とか。
C:大阪の中心ってどこかな。
D:梅田でしょう。
A:梅田だと大阪っぽくなくなる。
C:天王寺とか難波とか。
D:和歌山の人は、大阪に行くときは天王寺になるんですよ、交通アクセスの関係で。その人から見たら、大阪=天王寺ということになる。
関東に置き換えると、埼玉の人にとっての東京は池袋。どこをベッドタウンにするかで変わってくる。
A:私は箕面出身なので梅田になる。浜寺に住んでいた祖父にとっては難波。昔は映画館がある場所が街だった。
E:今は都市って、どこも同じようになってますよね。
D:地方から出てきた人には、その都市を使っているのが信じられないものに見える。それが、北海道から来た葉月の姿に出ていた。美雨は、そこが鼻についた。
私が地元の友人に「東京に行っていた」と言うと、「東京って行けるの」と帰ってくるんです。東京はブラウン管に映るもので、行けるものではないと思っている。
自分を中心にして、ある程度充足する層がいる。地元でいいポジションにいて、楽しくやっているから、外部の人には来てほしくない。世界が狭く、身内の論理が法律。それが通じない都会は異世界であり、行く場所ではない。都会に出るのは、地元ではやっていけない層。
C:私が住んでいるのは大阪でも地方のほうだが、開けたところに住んでいるので夜でも寂しくない。居酒屋もあるし、スーパーも0時まで開いてるし。田舎はどうしているんだろう。
D:暴走族とかそう。そのカーストが続いていく。
町興しで外部の人間が入ると「余計なことせんといて」となる。選挙も誰に入れるか決まっている。同じ人が立候補しているし。

【作中の三角関係について】
C:この三角関係、理想ですよね。
D:屈折を感じる。作者がBL出身と聞いて腑に落ちた。BLの方法論。強い繋がりはあるけどそれを口に出さない関係、同性間の意識や、性の捻じ曲がりを感じた。異性装の元ネタである年上の女性を演じて凝る。オートガイネフィリアまではいかないが、元ネタとなった女性の目線が錯綜する。後半、怒涛のラッシュで何だと思った。
G:弓彦にもBLみがある。
B:弓彦を見てると「こんな男がいるのか?」と思う。
A:物語が終わった5年先、10年先はどうなっているのだろう。
D:そう思うとポジティブに考えられない。
A:この先、どう壊れるかを想像するのも楽しい。今は安定しているが、芸人を辞めたとき関係が保てるかどうか。壊れたあと、「このままではいられないな」となってしまう変化を読んでみたい。
D:この小説の中の人間関係は一時的なもので、確かなものではない。それが独特。
A:主人公が仕事を辞めた途端、何か変わっていくのでは。踏み出したと言えば聞こえはいいが、バランスが変わってきている。
D:地上げや耐震の問題などで、あのシェアハウスもいつ取り壊しになるかわからないし。
A:どういう壊れ方をするのだろう。安定した関係を見せるというのは、壊れたあとを想像させる。
C:人間関係として面白い。彼らが(芸人として)売れなくなり、食べられなくなるということもある。
A:落ちるのは自覚の上。いずれは破綻する。どう落ちるかに関心がある。
E:シェアハウスのメンバーは常に流動している。
B:登場人物は性欲ないし、幽霊もいい人だし。
A:今は住人が同質だから安定しているけど、異質な人物が入ってきたら……。この作品はシェアハウスの安定期を書いている。
C:老人だと誰かが死んで終わるんですが。老人ホームでの三角関係は、上手くバランスを取っていたり。
E:介護士が操っていることも。その人が辞めたら破綻する。
C:この作品の登場人物は性欲がないから年寄りっぽいなって思う。
A:これも同じ。誰かが芸人として「死ぬ」。ネバー君はきれいに脱退したけど、ほかの人が上手く抜けられるかどうか。
亨が遺産の分割協議に応じていたとしたら、それがシグナル。応じていなかったら芸人を続ける。彼がどちらを選択したかを書いていないのが面白い。
芸人として続ける自信があれば放棄する。何とか背伸びしてでも頑張って、コンビを続けるかどうか。
G:一穂先生には、奇妙な三角関係が壊れたあとを描いている『off you go』 (幻冬舎ルチル文庫)という作品がありまして……。BLなんですが。

【その他/雑談】
D:万人受する作品。
G:BLのほうでは、賛否両論ありそうな作品も書いている作家さんだと思う。なんか、応援してたロックバンドがメジャーデビューしてポップス寄りになったみたいな感情を味わっていて……(笑)。
D:私は、昔よく行っていた本屋さんのオーナーが直木賞作家になっていました(笑)。今も通ってるんですが、テレビの取材が来ていて。
A:きのしたブックセンター、昔はダイエーにあったんですよね。

 

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