Zoom読書会 2025.11.22
【テキスト】『虚魚(そらざかな)』新名智(角川文庫)
【参加人数】出席4名
※今回はLINE通話を利用しました。
<推薦の理由(参加者A)>
◆読んで面白かったから。第41回(2021年度)「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」で大賞を受賞していることもあり、読書会で取り上げるのに手頃では、と推薦した。
◆怖い話は好きで時々読んでいる。この作品はモダンなホラーという印象。読み返してどう思ったかは後ほど。
<参加者B>
◆綺麗な小説だった。ホラーというから身構えたが、どぎつくなくて水みたいな。怖いよりも淡い感じ。散りばめられている怪談も、悪い意味じゃなく、ぼんやりしている印象。いや、もともと怪談自体そんなものなのかな?
洒落怖みたいに作り込まれたものは少し読んでいたし、最近はホラー小説をたまに手に取るようになったが、怪談と呼ばれるものにはあまり触れてこなかった。子どものころ、児童書で読んだくらい。だから巻末に載っている小野不由美の解説を読んで、これは怪談なんだと腑に落ちた。
今放映しているNHKの連続テレビ小説『ばけばけ』で、怪談とは怖いだけでなく悲しいものだと言っていたが、だからこそ人の心に残るのだろう。
◆(カナちゃんが)呪いがこの世にないことを証明するとか、(昇が)カナちゃんが怪談で死んだらやっと憎めるとか、怪談が理由付けになるのが面白かった。
怪談そのものよりも、理由付けにウェイトが置かれている部分で『虚構推理』(城平京/講談社文庫)を思い出した。
登場人物たちが怪談という物語を通して、生きる理由や意味を探しているのがよかった。
◆読後感もいい。昇は結構ひどい死に方しているけど……。そこが深掘りされていないのも怪談らしいのかな。
◆登場人物たちの名前もしっかり考え込まれているのかなと思ったり。三咲っていう響きは七人ミサキとかのミサキかな? 確かミサキには「予兆」という意味があった。
季里子の名前はどことなく「こっくりさん」っぽい。狐と狸で狐狸、みたいな。百香は百物語とか?
<参加者C>
◆変容し、改変され、増殖していく怪談そのもののルーツを追い詰めていく物語、というのがなんだか斬新に感じられる作品だった。
怪奇現象の正体がわかってきてもそれは二の次であり、どこまで本当なのかわからないのと、怪奇現象を追い詰めていく展開に土着民の伝記みたいな感じがあって好き。
◆キャラクター描写も確かに「怪談」がテーマとなっており、描写の濃度は誰も彼もほどよい。それぞれが怪談に没頭しながら過去に執着しているが、やがてしがらみから脱却し、淡々とした大人に成長していく。そのさまに、どこか一抹の寂寥感を感じた。
◆ワーキングメモリ不足なので、込み入った怪談話の構造を完全に理解することはできなかったものの、噂話や承認欲求、脚色によるアレンジによって類似したり、似たようなマクガフィンが構成に組み込まれているというのは、実際の「物語」の作り方にも似ていると感じた。
◆ネット掲示板に投稿された現代の怪談と地元の怪談をフィットさせた内容を、さらに物語に組み込ませる「劇中劇」の使用が自然で見事だと感じた。
◆復讐心や後悔といった感情に囚われて、怪談がモラトリアムの延長となった2人(三咲とカナちゃん)が、怪談への関心を失っていくことで急に「大人」になっていく変化は、前向きでありながらもどこか切ない。
<参加者D>
◆怪談だと思って読んだが怪談ではない。怪談を扱った、怪談を追いかける物語。
◆最後は残酷な死に方をするけど怖くない。好きな人とっては面白いと思うが、関心のない私はやや退屈だった。
半分くらいで物語が動き出す。それまでは川を遡ったりしており、彼らが何をしているのか、付いていくのに戸惑いを感じた。
◆そもそも「釣ると死ぬ魚」という出だしからして、魚なんて釣ったら死ぬだろ、と思った。そうしたら、魚じゃなくて釣った人が死ぬ、という意味だった。なぜ「魚を釣った人が死ぬ」と書かなかったのか。伏線かと思って読んだが単なる表現だった。出だしに書かれていたから戸惑って、若干いらいらした。
◆物語を追いかけていく、結び付きを辿りながら探していくという考えが私には飲み込めなかった。なぜこういうふうに結び付けていくのか、どこまで根拠があって足を運んで調べているのか、同意できなかった。
半日で読んだため、そこまで読み込んでいないからだけど、読み解くつもりもなかったので、やや付いていきかねた。
◆怪談は置いておき、ミステリとして成り立つのか。怪談だと思ったら仕組まれた流れだった――よくある。信頼していた人間が敵だった――よくある。組み込んでミステリ仕立てにしているのが巧い。よく使われている手法だが、それを合わせて丹念に作り上げられている。若干読者を選ぶかな。
◆ホラーや怪談はきらいではないが、そこまで読まない。入り込まないので客観的に読んでしまう。何とかならなかったのか。
場面転換も少しいらつく。諸手を挙げて面白かったとは言い難い。
<参加者A(推薦者)>
◆モダンホラーは、調査して、意味づけして、意味をひっくり返して……とプロットに手間がかかるジャンル。私たちも創作をするので参考になったのでは。
◆ホラーかと思ったらシスターフッド。
◆エンタメの型に嵌っている(意外な危機→回復→カタルシス)。
◆カナちゃんが犯人と言えるんじゃないかな。まずインチキなこっくりさんで人が死んでいるし。彼女が関わったら本当の怪談になる――そういう読み方ができる。
◆友達と肝試しに行く車内が一番面白い。いい感性をしている。
◆怪談師という設定が秀逸。吉澤は職業として割り切ってやっている。くそやろうだけど言っていることは真っ当。
◆旅の様子のディテール(P35のさつま揚げなど)も好き。
◆皆さん、紙の本で読まれたんですか? 私の持っている電子書籍には解説がない。その代わり選評が載っていて、綾辻行人と有栖川有栖がいろいろ言ってるんですが。
D:選考委員は誰々?
A:綾辻行人、有栖川有栖、黒川博行、辻村深月、道尾秀介。
D:大物ですね。
<フリートーク>
【ジャンルについて】
B:途中までカナちゃんが季里子かなと思っていた。
A:友達がネタにされたら怒るんですね。
B:YouTubeで殺人事件の被害者の友人が言っていたのを観たのだけど、事件現場を心霊スポット扱いされるのが辛いのだそう。
A:でもカナちゃんが怒るのは逆ギレですよ。お前が怪談にしたんだろっていう。
B:そっちは解決してないですよね。
A:偶然かもしれないし。
B:そのままでも生きていける、ということですかね。
A:それもあるかもだけど「やったことは変わらないけど2人でいると楽しい」では。孤独が一番だめ。邪魔な男もいなくなったし。
大賞受賞、羨ましいな。Dさんもミステリ畑だからホラータッチにされたらどうですか?
D:私はホラーと親和性がない。ホラーが好きな人なら書けるかもしれないが。
「横溝正史ミステリ大賞」は、「日本ホラー小説大賞」と統合する前に応募したことがある。二次選考までしか行けなかったけれど。
『虚魚』はホラーでも怪談でもないと思う。
A:レーベル的にはホラーではないですね。
D:物語が怖くないとホラーではないのでは。登場人物たちが作中で扱っている話はホラーだけど、彼らの話はホラーじゃない。
「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」はミステリとホラー、どちらに重きを置いているのだろう。
A:私はレーベル主義者なので(笑)、レーベルによってジャンルが決まると思っている。角川ホラー文庫じゃないからホラーではないんでしょうか。
B:最近、角川ホラー文庫の『クリムゾンの迷宮』(貴志祐介)を読んだんですが、デスゲームはホラーなんですか?
A:恐怖を扱っているからホラーに入るのでは。
D:読んでいて怖いのがホラー。怪談もホラー。『虚魚』は怖くない。
C:私はミステリかサスペンスとして読んだ。怪談は小道具であり、怖さを担保しているわけではない。
【ホラー小説について】
A:怪談が変化している。そこがこの小説のぞっとするポイント。
C:ホラー小説では怪奇現象の正体をぼかすものなんですか? 明確な答えはなく、怪獣なのか妖怪なのか書かれていなかった。
A:わかったら、その瞬間にジャンルが変わる。黒くて人を殺すパワーがあるやつの正体がわかったら猟友会に駆除してもらう。
B:怪談からバトルものになりますね。
A:『リング』(鈴木光司/角川ホラー文庫)では調査パートがある。呪われた→ルールを探る→怪奇現象に対処しようとする。対処法がわからないから怖い。怖いから、呪いのビデオを人に観せ、その結果正解に辿りつく。浅川は助かったので、呪いを解除する方法は弔うことだと思ったが、でもそうじゃなかった。ルールが明確だと怖くない。
D:わけがわからないから怖い。
C:メカニズムが解明されたら怖くなくなるんですね。
A:ホラーを成功させるには調査パートが重要。以前、読書会で取り上げた『かわいそ笑』(梨/イースト・プレス)と比べてどうですか? 考えるのを読者に任せるという部分で、より現代的では。
B:より物語してた。
C:『かわいそ笑』は、わかるんだけどよくわからない展開が続いていた。おかしな、想定外の発想をしている人間が怖かった。サイコホラー的な。オチで、悪戯半分に呪いの言葉を吐きまくる。正気なのか狂気なのか、架空の存在を呪う。
A:私は人怖(ヒトコワ)より超自然が好き。本当に怖いのは人間……となったら、いらっとする。
やばい人が登場するのは許せるが、全部人間のせいだった、となると「おい」となる。大枠がホラーであれば人怖NG。
B:『かわいそ笑』は悪意にフォーカスしている。『虚魚』からは前向きなメッセージを感じる。青春要素があるのもいい。
A:キラキラしてますよね。若い子ハマりそう。
【登場人物について】
D:登場人物たちは呪いや祟りをどこまで信じているのか。彼らは信じていない。面白半分に扱っている。ただ、両親の事故や、友人・妹のことなどで人間的に陰りがある。だが、もともとは信じないタイプの人たちではないか。過去のイメージと抱き合わせて呪いを自分に関連付けようとしているのか、していないのか。彼らは呪いや祟りを信じていない。信じていたら違った怖さが出てきたはず。ホラー性が欠けている。いかにも爽やかに読んでしまった。
C:子どものころ『ポンキッキーズ』というテレビ番組があって、トイレの花子さんや、てけてけとか流行っていた。二十歳まで覚えていたら死ぬ紫鏡とか。私たちはスリルを感じたくて不思議な話を聞く。
A:現代日本で最初から怪談を信じているという設定は、巧く書かないとやべーやつになってしまう。
C:スピリチュアルを信じている人はどうなんだろう。
D:怪談マニアにしても大半は信じていない。主人公たちのことを、怪談を面白半分に扱っている若者だと読んでしまう。廃墟ブームで廃墟に乗り込む若者みたいに。
5~6年前、かつて住んだことがある宮城県へ行った。会社勤めしていたとき忘年会で使った鳴子温泉を思い出して、泊まってみたのだが、廃墟になっている旅館やホテルも多かった。確かに廃墟に入るのは面白そうだと思った。
そういうノリで面白おかしく扱う人間がいるのはわかるが、本気で信じている人間はどれだけいるのだろう。登場人物たちも、掲示板で楽しんでいる人間のようなノリで楽しんでいるのでは。ホラー的な怖さが伝わってこない。三咲にしたってカナにしたって昇にしたって信じていないキャラに思える。楽しんでいるだけじゃないかと思えてしまう作りをホラーと言えるのか。
信じている人が被害を受ける展開は怖い。今の日本に怪談を信じている人間はいないだろうというのは思い込み。
C:ホラーを探す物語、おっかない怪談を探す物語ですよね。三咲もカナも怪談を探している道中を面白がっているシーンがある。
D:本当に探しているのか。自殺願望と結び付けているだけで信じていないのでは。理由づけを怪談に持ってきているだけであって、巧く処理されていない気がする。
加害者への恨みを、殺せる怪談と結び付けているのに違和感がある。結び付ける人はいるのか? 入っていけない。怪談で味付けした青春小説の一種として読んだ。
B:人を殺せる怪談はあったんですかね。
D:昇を殺してしまった意味もわからない。なんで真っ二つにしたのか。怪談っぽくしてしまう必要性はないじゃないかと感じた。
A:『リング』の主人公・浅川は怪談を信じていない。スティーヴン・キングの作品でも、怪談を信じていない現代人が謎に遭遇してやばいものを知る。
私は怪談師という職業に興味があって、怪談師のスペース(Xのライブ音声会話機能)に参加したりしている。そこでは、尊い神社がある、みたいにスピリチュアル方面に行く人もいる。パワースポット、オーガニック陰謀論などを信じている人もいるが、それらはエンタメとして扱いづらい。だから、作中に痛い人やビリーバーが出てこない不自然さはあるが、話をすっきりさせるためにはいい処理。
B:確かに共感しづらい登場人物はいなかったです。
A:吉澤は現代人のスタンスです。
【怪談をエンタメで扱うことについて】
B:両親が亡くなった事故現場が心霊スポットになっていたのが復讐と怪談を結び付ける切っ掛けでは。
D:そんなことに怪談を使うのは邪道だ、使い方を間違っている、という怪談ファンがいても面白い。
A:意図して相手を狙えるなら、もはや呪術ですよね。
D:呪術ならいい。なぜ怪談に結び付けるのか。
B:捕まらないから? 藁人形とか、相手にバレたら罪になった気がする。
D:それにしても釣った魚で人を殺すというのは回りくどい。
A:何かを探していたかったのでは。
D:怪談が好きだから混同していただけでは。怪談が好きで、加害者も憎い。そこを結び付けて、これ使えるんじゃないの、となった。その辺りを理由付けておかないと。人を殺せる怪談だから人を殺そうと思った、とか。
社会的な作品、社会において怪談側にいる人の話として読んだほうが意義深い。呪いや祟りを信じている人はいないが、騒いでいる人はいる。怪談ファンの生態をシニカルに描いた作品として見たほうがいい。そして、それは怪談のジャンルに入らない。100%ではないが、それに近いところで読んだ。
明治時代くらいの話にして、六~七割の人が呪いや祟りを信じている社会なら違うだろうけど、現代では浮いてしまう。
B:イギリスでは多くの人が幽霊を信じていると聞いたことがありますが……
D:そんなわけない(笑)。シャレとして信じている人がいる、という話。
A:逆にどんな登場人物ならホラーになるんですか?
D:変な動物が出てきたり……。怪談やこの手のホラーは難しい。祟りを怖いと思っている舞台を設定するのが難しい。
A:こういう異世界だ、とするとか。
D:なんでも便利に異世界に(笑)。明治や信仰があった時代は、現代から見ると異世界ですよね。
A:明治時代に呪いや祟りを信じてますかね? 横溝が因習村を書きまくったせいでそういうイメージになったのでは。
C:信じていた人は信じていたのでは。
A:感覚的に言うと江戸時代くらいにはもう信じてなさそう。人柱や怨念を登場させる際、舞台が江戸では無理。普通に殺人になってしまう。藩によっては許すかもしれないが。
D:法治国家になってしまうと物語で扱いづらい。
B:幽霊の正体見たり枯れ尾花、という言葉もありますしね。感覚は今とそう変わらないのかな? でも1910年のハレー彗星接近時、空気がなくなるというデマが広まったりしましたね。
A:自転車のチューブが飛ぶように売れたり。明治の微笑ましいエピソードとして聞いた気がする。
D:騙される大衆がいる。今でもカルト宗教などに騙される人もいるし、呪いや祟りをそこそこ信じる人はいるんじゃないか。一部の人の話とされているけれど誰もがそうなりかねない問題。怪談もそう。
B:一度、詐欺メールに引っかかって情報を入力してしまったことがあって。普段は気づくんだけど、その数分前にネットショッピングの登録情報を変えたばかりで、タイミングよく、そのサイトを騙った「認証できません」というメールが来たから反射的に信じてしまった。隙ってありますね。
A:幽霊を信じていなくても唯物論で生きていない。オカルトに触れていると、商売をしている人、騙そうとする人が増えてくる。だからリアルなオカルト界隈はエンタメとして扱いづらい。
D:本格的なオカルト、人が信じかねないオカルトはあっても、少なくとも釣ると死ぬ魚では影響力を発揮できない。ちょっと弱い。もっと怖い設定を考えないと。信じてどうこうする人がいると思えない。怖い設定を考え出すのは、小説を書くのとは別の才能。できたら新興宗教作れるかもしれないけれど。
A:リアルな読者に対する影響力ですか?
D:単なるお話として読んでしまう。読者が信じてしまうオカルト設定は、読み物としてとどまらないから怖い。この設定は世の中が動いていくほどではない。真剣になって、現地まで足を運ぶというのに滑稽な部分がある。だから現代の怪談ファンの生態を描いていると読んでしまう。
A:主人公は怪談師だから仕事としてペイする。
D:怪談師の話は、みんな面白いお話として聞いているだけで信じているわけじゃない。子どもは別として。講談師の講談も、信じて聞いているわけじゃない。
怪談研究者とか、そういうふうな設定なら違うかもしれないが。怪談師はあくまで面白おかしく話す人。
A:民俗学的アプローチだったらどうですか?
D:それはまた違ってくる。コロナワクチンの話も大学教授が言うのと町医者が言うのでは違う(大学教授が言うことが本当かは別にして)。怪談師は町医者に近い。
だから怪談師という設定は、読者にそれは信じるなと思わせる。怪談師は安易な設定だったのでは。
A:復讐のために呪い殺すにあたって、信じていなくてもいいのでは。カリスマ怪談師として犬笛吹いて殺そう、とかではないし。
D:両親を事故死させた男に復讐をすると、真剣に考えている描写が嘘っぽい。信じてないくせにと思ってしまう。これくらい思慮深い女性ならそう考えるはずないだろと思って読んでしまう。キャラの立て方が難しい。
A:もうちょっと底辺だったら、大卒じゃなかったら違うかも。
D:小説としては魅力的な女性主人公にしたい。そうしたら浮いてしまった。
A:カナちゃんなら信じていておかしくなさそうですか?
D:彼女は洞察力があり、見抜いていそう。作中で、無理やり結び付けて意味付けしているだけであって。どういう根拠があって長野まで足を運んで、そこまでするパワーが出てくるのか。根拠ある資料があれば別かもしれないが。川を流れてきている、ではこじつけのような気がするので、もうちょっと何かほしかった。
A:SCP財団(共同創作コミュニティサイト)なら明確にあると設定できるけどジャンルが変わってしまう。
D:はっきり説明されると不気味さがなくなって話に合わない。
A:それこそ空に浮かぶ魚のようなもので。
D:カナは三咲を狙っていて、昇はカナを狙って……としたらミステリとして展開できる。怪談は味付け。結び付けすぎないように。そんな感じに書いたのでは。
B:作者さんはミステリを書く人? ホラーを書く人?
D:著作に『雷龍楼の殺人』などがある。
A:本格ミステリみたいです。
B:じゃあ『虚魚』もミステリとして組み立てたのかな。
D:ミステリ&ホラー大賞だから、どちらの要素も入れたのかも。無理やりホラーを入れたかもしれない。
A:『きみはサイコロを振らない』は「遊ぶと死ぬ」ゲームを探す話のようです。
D:こういう作品でデビューすると、その延長で書かされる。
【文章について/矛盾点について】
B:文章が綺麗。男性作家だけど女性の書き方がいやじゃなかった。
D:文章上手いけど最初、何をしているのかわからなかった。人形を探しており、歩きながら釣ると死ぬ魚の話をして、人形のところに辿りついて叩き割る……全然わからない。
P23で三咲とカナの出会いが描かれて目的がわかる。そこまで読んでしまうと冒頭の意味がわかるが、説明されないまま読まされてもわからない。私だけかもしれないけれど。P23で情報が得られるが、10ページずつ読む人にはわからない。23ページ読んでもらうことが前提。私は本屋で買おうかどうか迷った。課題だから買ったけど。
B:私は違和感なかったです。
D:他にも、情報として出ても、その後に出てこなくなる部分にいらっとした。随所にそういうところがある。P21に事務所と出てくるがP24までなんのことかわからない。ほったらかしの書き方。
B:事務所のことは私も少し「うん?」と思いました。
D:5ページ、10ページ後に書かれると何じゃこれ、となる。巧く使えば効果的だが。ちょっと多用しすぎている。
B:Dさん、以前『屍者の帝国』(伊藤計劃、円城塔/河出文庫)を取り上げたときも言われていましたね。
D:そうそう!(笑)馬車に乗っているハダリーを目撃する場面。語り手が何を見たのかわからず、10ページくらいそのまま。ああいうのきらい。
A:歴史小説なら気になっていないのでは。
D:事実なら気にならない。これはWikipedia調べてもわからないから。歴史小説では若干許されるかもしれないが多用するのはきらい。味付けとして一ヵ所二ヵ所入れるのはいいが、癖なら直したほうがいいような気がする。後でわかるのを喜びとする人もいるが、事務所は考えさせてもしょうがない。伏線でもないし。
A:多分、事務所あるんだなと流して読む人が多いかなと。
D:流して読めばいいが多い。
A:ミステリとして読むなら伏線と考えるかも。
D:そう、魚なら釣ると死ぬ、意味が二通りある。魚が死ぬほうに読んでしまう。意味があるのかなと読んでいると違う。5・6ページでわかったからよしとするが。なんで釣った人が死ぬ魚と書かないのかな。気がついてなかったかもだけど編集者がチェックしないと。読みづらい。
A:だってホラー小説ですよ(笑)。
D:当たり前のことに驚く話なのかなと。言い過ぎてるけど。
言葉って不完全なものだから幾通りにも読めるし被さっている。受け止め方が違うのを巧く使ってほしい。前回の読書会でも言ったが、言葉は不完全なものだから文学が成り立つ。完全なものであれば行間を読む余地がないから。そういう意味で面白かった。いろいろなことを考えさせられた。
A:私はそういう引っかかりはなかったが、過去に何があったかを早く明かして面白くなってほしいとは思った。
実際、釣ると死ぬ魚をゲットしたとしてどう使うのだろう。
B:家の前に置いとくとか?
D:もう一つ引っかかったのは、矛盾しているんじゃないかということ。P24で三咲はカナの「呪いとか、祟りで本当に人が死ぬか信じているのか」という問いにイエスと答えた。でもP177の最後から4行目~、わからないと答えたとある。それで殺す殺さないの選択をしたならおかしい。逆のことを言っている。
A:いい指摘ですね。確かに矛盾している。
D:離れすぎているから多分誰も気づいていない。気づくやつがおかしい(笑)。
B:精読者ですね。私は事務所には引っかかったけど、それ以外はストーリーに乗って違和感なく読んだ。
A:やっぱりホラーというよりエンタメとして読めるようで、思ってもみなかった進展があって面白かった。これからもホラーちょいちょい推薦していこうかな。