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『パイド・パイパー』ネビル・シュート、池央耿訳(創元推理文庫)

Zoom読書会 2025.06.21
【テキスト】『パイド・パイパー』ネビル・シュート、池央耿訳(創元推理文庫)
【参加人数】出席4名
※今回はLINE通話を利用しました。

<推薦の理由(参加者A)>
ハードボイルドを読みたい気分が定期的に襲ってくる。AIにおすすめの作品はないか訊ねたら、この本を紹介された。
読んでみて優しい小説だと思ったので読書会に推薦した。2月に私が推薦した『テスカトリポカ』はハードコアすぎたので(笑)。とはいえ、今回の作品も結局ナチが襲ってくるんですが。

<参加者B>
◆面白かった。いい話を読ませていただいた。善意あふれる書きっぷりと、主人公もストーリーも好感が持てる設定で、気持ちよく読める。
◆「パイド・パイパー」とは「ハーメルンの笛吹き男」に登場する笛吹き男のことだが、このタイトルはハワードには気の毒かも。彼は善良な老人なので。
子供がだんだん増えてくるからパイド・パイパーなのか。ローズまでは気づかなかったが、ピエールが加わったとき納得した。その辺りから引き込まれていった。
◆ストーリーをこれだけよく考えられたなと思う。さまざまな困難を用意して乗り越える。それぞれ角度の違う障害の連続で、戦地を横断していく感じが得られた。
◆出てくる人たちのほとんどが善意の人で、助けられながら進むのに好感が持てる。大勢の人がなぜ手助けしてくれたか? それが人間。
子供たちがいたから助けてくれた。ハワード1人だけならどうだろうと思いながら読んだ。
◆最終的には子供7人。上手に書き分けられている。小説家としての腕の見せどころ。
でも無邪気すぎないか、最初の兄妹。子供らしいといえばそうだが、戦時下、子供にも感じることがあって無邪気ではいられないのではないか。しかし、あとから出てくるピエールやヴィレムにその役目が委ねられ、対比になっている。
最終的にはピエールたちが子供らしさを取り戻していく。そこを描きたかったのでは。
◆老人の立場からの乗り越え方、子供の立場からの乗り越え方の対比が面白かった。
◆最後の山場がなかったら単調なまま終わったのだろうか。山場が必要だったから、そのためにアンナという少女を登場させたのか? アンナの合流は偶然。アンナで収束されることに作為を感じた。盛り上がりも収束も必要だとすれば出し方の一つか。そこが少し、小説なんだな、という感じがした。
◆解説を読んだらNHKでドラマを放送していたらしい。ピーター・オトゥールがハワードを演じていたそうで、観てみたかった。

<参加者C>
◆「英国紳士よ、かくあるべし」と謳っているような小説だった。
スティングの「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」の歌詞を思い出す。年老いた英国紳士として、下手にアグレッシブに動かず、冷静沈着に、ユーモアを忘れずどっしりと構えて動く「戦時下の英国紳士の在り方」を標榜するかのような内容だったように思う。
◆子供たちがむずがったり、ヒヤヒヤさせるような描写が多く、子供が何かしらの爆弾を抱えながらイギリスを目指すというのは、確かに冒険小説としては意外と無いタイプの物語だと感じた。とにかく子供の数が多く、ハワードがまるで幼稚園の先生のようになりながら、多種多様な民族の子供を率いていくのが興味深く感じられた。
◆ただ、それが冒険小説としての外連味というか面白さに繋がるのか、と言われたら、個人的にはそうも思えなかった。冒険小説といえば、『ハックルベリィ・フィンの冒険』(マーク・トウェイン著)だとか『宝島』(ロバート・ルイス・スティーヴンソン著)くらいしか読んだことがなかったけれども、ワクワクしたりハラハラしたのは、そちらの方が上ではあった。
それは子供が概ね従順で、最終盤以外に、そこまで大きな「やらかし」がなかったからだと思う。この辺は、作者であるネビル・シュートも、どこで「子供がやらかして、ハワード一行が窮地に陥るのか」を計算ずくで構想を練ったように感じた。
◆最終盤は、ドイツ軍との駆け引きが生まれて、一番スリリングだと感じた。
◆解説では、ハワードとニコルとの間に微かな恋心が芽生えたという旨の記述があったが、個人的には同意しかねる。ハワードの心の支えになったとは思うけど、それはあまりに恋愛脳的な発想ではないか。ストイックさと、たくさんの子供を案じ旅路に加える高潔さを持ったハワードが、自身の息子の恋人に懸想するのは、個人的にはちょっと考えにくい。
◆世界史を勉強しながら第二次世界大戦のことをまるで覚えていない身としては、国家間の関係や侵略された時の心構え、タブーを知ることができて、興味深い作品だった。

<参加者D>
◆ロードムービー的な要素もあって面白かった。設定だけ聞くと、裏切る子供や密告する大人も出てきそうだが、途中まで読んで「あ、この作品の主要登場人物に悪い人はいないんだ」「(主要人物は)たぶん誰も死なない」と安心して読めるようになった(昨今の小説だったら邪悪な人が出てきそう)。子供たちも、みんな賢くていい子たち。英語を喋ってしまうロニーとシーラに若干いらいらさせられたが。
◆ヨーロッパの地理がわからず距離感が掴みづらいのでGoogleマップを見ながら読み進めた。
◆チャレントンが銃殺されるところは緊張感があった。ハワードと関わりがあった人物が現在形で命を落とすのは初めてだったので。彼はスパイだったのですよね?

<参加者A(推薦者)>
◆戦史は結構好き。1939年9月のドイツ軍によるポーランド侵攻の後、1940年5月のドイツ軍のフランス侵攻まで、ドイツとフランス・イギリスの膠着状態が続いていた(→まやかし戦争)。ドイツが攻め込まないのでなんとなく終わるんじゃないかと思われていた、いい時期を舞台に選んだと思う。
◆額縁構造で安心して読める。現在時、ハワードは生きているし、子供たちも生きている(ハワードは子供たちが全滅したのにコーヒー飲んでるようなじいさんじゃないので、子供たちも無事であろうことがわかる)。作者の優しさを感じる。
◆子供がハイル・ヒトラーと敬礼するのも面白いし(P331)、いい飛行機と悪い飛行機が逆転するのも面白い(P250)。戦争の描き方がすごい。
◆ドイツ人を絶対悪として書いていない。戦争はいずれ終わるし、またドイツ人と付き合っていくしかないというリアリズムを感じる。
◆ハワードはいい生活をしていると思った。日本に当てはめると、引退した弁護士が銀座でコーヒーを飲んでいる感じだろうか。
◆老人だからかアクション要素はとくにない。淡々と、ラッキーによってイギリスに帰れた。
◆視点が気になる。「ここ数ヶ月、これほど気持のいい朝を迎えたことはない。はじめて自分に責任が生じたためであることに、彼は気がついていなかった。」(P49)など、それ誰の視点? という箇所がある。
◆この作品のように同時代を生きた人が書くと歴史小説にならないのかな? 史実では第二次世界大戦にスペインは参戦しないし、ナチス・ドイツは敗戦するのだけど。

<フリートーク>
【各国の国民性、戦時下の暮らしなど】
D:戦争をリアルタイムで書いた作品なんですね。こういう作品は歴史小説というのかな?
B:同時代を描いたものはルポルタージュだという人もいる。
A:この作品が書かれたのは1942年。第二次世界大戦の最中。
B:(私も歴史小説を書く中で)作り話でも資料に基づいて書かれているならノンフィクションとして読まれることもあるかもしれないけれど、それは一つの褒め言葉として受け取っておいて、「これは歴史小説だ、俺が書く歴史小説はこうだ」と言えないかなと思っている。
さておき、ハワードにイラっとくるのはイギリス人だから(笑)。ホームズもそうなんだけど。イギリス紳士を敢えて書いている。フランス人やドイツ人との違い。誇りに思っているのかわからないが。ヨーロッパ人ではない我々にはわからない。
『ルパン対ホームズ』(モーリス・ルブラン著)ではフランスとイギリスの習慣の違いが出てくるが、あれを読んでいるような気持ちになった。
A:『パイド・パイパー』ではイギリス人から見たフランス人が書かれている。イギリスの都合よく書いている。
D:ヨーロッパってどんな感覚なんでしょうか。ヨーロッパに日本地図を重ねてみると、実はそんなに広くないですよね。地続きで、いろいろな民族がいて……
B:イギリスとフランスは同じ国だった。薔薇戦争とかあって……シェイクスピアの作品の題材にもなっている。また、英語とフランス語は似ている。青森と鹿児島くらい、といっても文化背景が違うので同じに読んでいいかはわからないが。
A:英語はフランス語から語彙を多く取り入れていますからね。
B:男性名の「ヘンリー」と「アンリ」だって変化してるけど同じ名前。語源は同じ。そういった意味でイギリスは島国ではない。日本は島国だけど。
A:ずっと接触があったわけですよね。
パリをかすめて危険なルートを通っている。交通網的にパリに近づかないと帰れないのか? 真西に向かったほうが安全そうに思えるのだが。たぶん、パリから放射状に交通網が伸びているんでしょうね。
B:(私は歴史小説を書くが)歴史小説を読む人が、地名が煩わしいという気持ちが何となくわかった。
私は、地理的背景は無視して読んだ。大変だなぁと思いながら。マジノ線など、敢えて調べないで、そんなのあったなぁと(笑)。無視しても読める。しっかり読む人、流して読む人、どちらにもいいような書き方がある。
小説とは、微に入り細に入り、読まなければならないのか。書き過ぎるのもよくないと思う。
A:ナチス・ドイツにパリが占領されてすぐ、ドゴールがヴィシー政権を認めず抵抗を始めたんですよね。その辺りが気になる。
B:そんなふうに読者に興味を持たせて調べさせる書き方、理解させる書き方も可能かも。
とりあえず筋を追うのなら細かいところは無視しても何の影響もない。ドイツ怖いなぁ、飛行機怖いなぁで充分じゃないか、と読ませてもらった。
D:意外とドイツ軍、紳士的でしたね。
B:あれも書き過ぎていないからいい。姪のアンナを逃がしたことをヒトラーに知られたらディーセンがどんな立場に置かれるか。かなりの冒険だと思う。それだけ姪が可愛かったのだろうけれど。結局ドイツは敗けるし、あの辺りは微妙。
A:数ヶ月で終わると思っていたんですよね。
B:数ヶ月で終わるんですね。イギリスが占領されて終わるのかと思ったら、ドイツが敗けて終わる(1940年7月~10月 バトル・オブ・ブリテン)。
C:読んでいて、戦時下で普通に生活していることに驚いた。日本の戦時中のイメージがあるから、みんな普通に暮らして、遊んで、お酒を飲んでいるのが意外だと感じた。
A:ヨーロッパの人たちは慣れているんでしょうね。ときには占領されるよ、みたいな。
B:現在、ウクライナも攻撃を受けているとき以外は普通の暮らしをしている。戦時中の日本みたいに憲兵が監視して、国を挙げて雁字搦めになってもいるわけでもない。我々が思っている太平洋戦争のような戦地だと思ったら違う。
A:ゆるふわ戦時下が描かれている。作者は、入ってくる情報から想像したフランスを書いたのでは。
C:当時は今よりも情報が遅いから、最前線じゃないところは普通に暮らしている感じなのかな。
A:大変だったのは『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬)に描かれたような東部戦線で、西のほうは甘いというか、ドイツに従ってほしいから甘くしていたのでは。作中で子供を戦車に乗せていたみたいに、ドイツ軍の振る舞いにも余裕がありそう。
C:その辺り、童話っぽくて、子供だろうが大人だろうが、殺伐としていると思ったらわりと普通に接している。現実はどうだったかはわからないが。
B:日本の陸軍も、明治時代はもう少しほんわかしていた。捕虜がオーケストラを編成していたり。太平洋戦争くらいから、迂闊なことを言うと憲兵に引っ張られたり、軍が捕虜虐待をし始めた。
陸軍は、敵を憎む気持ちを植え付け過ぎた。捕虜の扱いについて定められた国際条約を破っていたし。隣組にしても、分断して対立を煽って監視社会を作っていた。今の中国とか北朝鮮に近いのかな。
A:作中、ドイツの主観ではフランスでの戦争は終わった。米兵がチョコレートを配るような感覚なのかも。あとはイギリスだけ黙らせればいいや、みたいな。
ドイツがハードになるのはソ連に仕掛けてからなので、この段階ならイギリスと戦って終わりだという意識だった? ドイツからしたら、フランス人は常にそこにいるから雑にあつかってもいいことはないし。なかなか戦争中のドイツをこの作品のように描けないですよね。
B:例えば北海道がソ連に攻め込まれて、北海道から関東に逃げてきた人はどう扱われるのか。日本人は「よそ者」とするのでは。国民性なのかはわからないが。そんな状況で北海道から逃げてきた人を、東北は、関東はどう迎えるか。
想像するのは原発から逃げてきた人でもいい。原発事故で避難してきた人に対するいじめがあった。日本はやばいかな、という感じがする。
A:満州の避難民も日本に帰国後、偏見や差別に晒されたようですね。
B:差別は日本人同士でもある。子供たちの世界だけじゃなく、親が子供同士を遊ばせないようにしようとか。日本人はそういうところがあるのかな。
A:「世界人助け指数ランキング2024」で日本はワースト2位(ワースト1位はポーランド)。人助けをしない。
※出典:Charity Aid Foundation "World Giving Index 2024"
B:どんな結果でも導ける。報道とかもそうだけど、真に受けてはいけないと思う。
D:これは自己申告なんですかね。人助けをしたという基準が人によって違いそう。
B:設問があったら大体、誘導尋問みたいなアンケートがある。アンケートは注意しなければならない。アンケートのファクトチェックより、アンケートの客観性をチェックしないと。何に影響されるかわからないから気をつけましょう。

【プロットと登場人物について】
D:ハワードたちをドイツ軍に突き出す人が出てくるかと思ったらいなかった。優しい人ばかりだった。
B:複雑な構造にしたらプロットが崩れてしまうので成り立たない。エンディングが難しくなるからプロット的に(複雑な話は)切り捨てたのでは。
A:マリヤンの父親のことを通報した人とか。
B:現代に書くなら、それくらい入れないといけないかも。
A:ろくでもないやつ枠なら、ヴィレムに石を投げていた人たちかな。
B:ばあさんが悪役になっている。
A:メインキャラはみんないい人ですね。
D:日本でも、なんだかんだで助ける人がいるんじゃないかなぁ。いいことをして気持ちよくなりたい欲とかもあるし。
A:あんまり助けない気がする……。
C:日本はとくに同調圧力がありますからね。
B:リテラシーを持って、いかに周りに影響されないかが大切。
A:慣れが必要なのかな。ヨーロッパは地続きなので、占領されたりしながらも隣の国と付き合わなくてはならないから……
B:私が通っていた小学校は、隣の小学校と対立していたなぁ。
A:それは単純な郷土愛ですかね? レイヤーがいっぱいあると思う。民族、宗教もファクターになる。
小説として読んで気になったのは、軍人を聞き手にしていいのか、ということ。ゲシュタポとの取引は、戦争が終わるまで誰にも話さないほうがいいのでは。聞き手が愛国心極まった人なら通報するんじゃないかな。プロットどうなってたんでしょうね。最後の脱出方法まで決めた上で書き始めたんですかね?
D:連載なのかな。連載なら状況に応じて展開を変えたりするかもしれない。
A:こんな作品を連載できるような新聞ないと思う。当時、出版までこぎつけたのかもわからない。戦後なら難易度低いんだろうけど。

【まとめ】
D:イギリス人のノブレス・オブリージュのようなものを感じた。持てる者の義務、みたいな。
A:私は中流階級の強さを感じた。
C:作中、ステータスの高い人が多いですね。
A:大佐の一家とか。ニコルがみすぼらしい服を借りてくるとき、なんて言ったんでしょうね(笑)。
D:ハワードもスペック高いですよね。
B:このくらいの人でないと、子供を預けられないから。
A:階級が同じならルールに従って動くから大丈夫だと判断する。それにしても、熱が出たらワイン飲ますんですね(笑)。
C:ブランデーも飲ませていませんでしたか?
A:時代を感じます(笑)。P116、フランス人は裸足で歩くとか。
B:結構細かいですよね。子供たちが遊んでいる場面、乳母車の順番を変えて、均等に割り振ったり……その辺りの細かさに気がついて感心した。子供はそういうところがある。押してと頼んだら押してくれないけど、遊びならやってくれる。トム・ソーヤーのペンキ塗りみたいな。
A:今でもスーパーのカートを押してたらテンション上がりますもんね(笑)。人間観察が徹底している。
B:納得してしまいますね。
A:逃げるだけの話だけど読み進められた。
B:逃げる話を書くのは難しい。そこまで細かなものを集めきれない。
A:アクションもないですね。走って逃げるよりも、ある程度従いながら道を探していくみたいな。
D:細やかな描写で読ませられた。ユダヤ人は出ているけど全員白人なんですね。
A:ジャンルとしてはハードボイルドでいいんですかね?
B:創元推理文庫、昔はジャンルマークがあったんだけど。これはどのジャンルになるのかな。
A:冒険小説?
B:冒険小説でしょうね。フランスをなんとか横断しようとする。敵地横断900km。
A:逃げる作品もありますよね。ソ連の収容所を脱走してヒマラヤを超えるやつとか(※映画『ウェイバック -脱出6500km-』2010年、アメリカ)。
扱いやすい素材なんでしょうかね。土地を移動させていたら雰囲気出るし。
……お、AIによると歴史小説、戦争小説だそうです。
B:AIは誰かが間違って書いたことも拾ってくるから……(笑)。
A:たまたま戦争が起こっている国の庶民の、この世界の片隅を描いている。
B:日本で戦争映画というと「戦争はよくない」という結論になるけど、この『パイド・パイパー』には反戦思想が入っていない。逃げきれてよかったね、という読後感。
A:芥川賞候補を受賞した、砂川文次の『小隊』は北海道が戦場になるという小説。砂川さんは1990年生まれの35歳だからまだ若い。もしかしたら日本の文壇にも、戦争を扱った新しい小説を書ける人が出てくるかも。
砂川さんの作品も推薦しようと思ったのですが、今回は『パイド・パイパー』にしました。