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R読書会/Zoom読書会

『孤狼の血』柚木裕子(角川文庫)

R読書会@オンライン 2021.08.21
【テキスト】『孤狼の血』柚木裕子(角川文庫)
【参加人数】4名

<参加者A>
◆最初のほうは、登場人物や組織を覚えるのが大変で、P5の表を見ながら読んだ。表に名前がある人物は話に大きく関わってくるということがわかるので、読み進める上で助けになった(=名前がない人物は重要ではない)。
◆私は尾谷組に肩入れして読んだ。若頭の一之瀬をはじめ、服役中の組長や構成員も好感を持てるよう造形されている。逆に、敵対組織は瀧井(チャンギン)以外はステレオタイプの悪役。そこに作者の意図を感じる。
◆「孤狼の血」というタイトルや展開、プロローグ(ジッポーを手の中で回す癖は日岡のものなので、「班長と呼ばれた男」は日岡である)などから、大上の死は十章あたりで予想がついたが、興味を失わず読み続けられた。日岡が実はスパイだったという驚きもあったので。私はスパイは署内に他にいるのかと思っており、日岡を疑うことはなかった。
◆大上の死はあっさりしすぎているというか、大上自身が自分の死を予感していたような素振りもあったので、自身の命を賭して大上が仕掛けた罠かとも思ったが、そのあたりは明らかにされなかった。
◆映画では一之瀬を江口洋介、構成員を中村倫也が演じているそうなので観てみたい。

<参加者B>
◆刑事とヤクザを扱ったエンターテイメント小説は初めて読んだ。刑事ドラマはよく観るがそれより迫力があり、作者の力を感じた。純文学とは、また違った熱量のある作品。
◆心理描写を抑えて、ストーリーがわかりやすいよう書かれている。新幹線に乗って富士山を見学する気分で読んだ(=主人公が山上の遺志を継いで同じタイプの刑事になることは既定路線)。

<参加者C>
◆すっきりした作品は紹介してもらわないと読まないので、今回推薦していただいてよかった。
◆先に映画を観た。
◆名前が一致せず、表を見ながら読み進めた。四章くらいまで話に乗れるか不安だったが、いったん物語に入り込んだらびゅんびゅん読めた。
◆展開が読めるエピソードも多かった。「秀一」は大上の死んだ息子の名前だと思うし、大上が14年前に殺人を犯したというのも違うだろうな(そして、そこに晶子が関係しているんだろうな)、というのも予想できる。それでも面白いというのがエンタメの力。肉付きの部分が人を楽しませる。たとえば『水戸黄門』で筋がわかっていても楽しめる、というような、安定した面白さがある。
◆小説を書く人間として読むと、作者の構成力とすごい執念を感じる。緻密なプロットを立てるのは大変だろうが、終盤に伏線を回収するのは面白いだろうなと思う。一瞬の楽しさのために、膨大な労力を費やしているのだろう。
◆(言葉が広島と近い)岡山県人として広島弁に違和感はなかった。広島弁が面白く、作中で使われる必然性がある。
◆各章の冒頭の日誌について。黒塗りが仕掛けになっている。いい意味でいやらしく、最後の最後まで騙された。映画にはなかった。映像では使えない、小説ならではの仕掛けだ。よく考えたと思う。警察官の仕事は現場を取り締まったり、犯人を捕まえたりするより、日誌をつけることが大切なので。(余談:だから警察官は文章がうまくなる。余計な言葉を削ぎ落とし、何時何分……と簡潔に書くから)
日誌をつける日岡の姿勢がよく出ていた。
◆人物造形について。型破りな男と真面目な若者という設定の作品は多い。この作品のラストでは日岡が大上と同じタイプの刑事になるが、映画『トレーニング デイ』でも、「狼を倒せるのは狼だけ=悪を倒すには悪になる必要がある」という信念を持つ先輩刑事と、正義感の強い後輩刑事が登場し、結果、後輩刑事は清濁併せ呑む刑事となる(その背景には、先輩刑事の死がある)。『ゴッドファーザー』でも、ボスの三男であるインテリ青年がラストで豹変して真のボスになる。
日岡の立ち位置に当たる人物が結構インテリなのが共通項。「ワルになろう」と思ってなった人間より、「こんなことでいいのだろうか」と悩みながらなった人間のほうが強いというか。『ゴッドファーザー』でも、跡継ぎの兄は単独で行動し命を落としているし。

<参加者D(推薦者)>
◆構成力、わかりやすく情景を伝える描写のうまさ、情報の出し方など、テクニックの参考になればと読書会に推薦した。
◆私も人の薦めで手に取ったのだが、読み始めたら一気に読めた。
◆展開がわかったという声が多いが、私はすっかり騙された。先がわからないほうが面白いから、敢えて予想せずに読んだというのもある。
プロローグも、時系列で言うと現代なのだが、「どの章に入るんだ?」と思いつつ、ずっと気づかずに読んでいた。実はプロローグとエピローグの間はすべて日岡の回想(過去)。回想の中の若き日岡は、プロローグの日岡ほど広島弁が強く出ていなかったので同一人物だとは思わなかった。
◆人物造形はきっちりされているにも関わらず、日岡の日常は出てこない。これがこの作品の粗かと思って読んでいたが、最後まで読んで納得した。実はスパイなのだから、日常を出せるわけがない。視点人物の日常をなぜ書かないのか……と思ったが、ちゃんと意味がある。見事に騙された。
◆一章~十三章はすべて日岡視点なので、日岡のフィルターがかかっている。日岡視点だと大上はとても賢い男だが、もしかすると本当は抜けているところがあったり、本当に日岡を可愛がっているのでは。
日岡は自分がスパイなので、人に隠された裏の意図があるのではという見方をしている。
日岡視点では用意周到にやっているように描写されている大上も、結果命を落としているし、無鉄砲に突っ込んでいっただけという見方もできる)。

<フリートーク
日岡視点だからフィルターがかかっているという意見について】
C:確かに日岡は大上を偶像化している。本当はそこまですごくないのかも。
D:大上は、日岡を「学士様」と茶化したり、過去には牛の糞まみれになったり……。ヤクザ性を取ったら、普通に気のいいおっちゃんみたいな気がする。

【推し活?】
C:大上は一之瀬に惚れている。
D:大上の、一之瀬への推し活ストーリーなのかな、と。自分の推しをセンター(組長)にしてやるぞ、みたいな。
C:おっさんずラブみたいな。
D:最後は厄介がすぎて消される、みたいな(笑)
(※厄介…ライブ現場において、マナーなどを守らず、他の観客に迷惑をかけたりする人や集団のこと。)
ヤクザの世界をエンタメとして面白く書いたとき、アイドル的な煌めきを見せてしまう部分はある。もちろん現実と混同してはいけないんだけど。
とにかく、大上の推し活がすごい。

【大上の死について】
C:大上が死んだ理由について、皆さんはどう思われたか知りたい。
D:自分の持っているネタで直接対決に臨んだけど交渉がうまくいかなかった、あるいはうまくいったように見せかけられて……
C:一杯食わされたと。
D:薬が混入される酒を飲んだということは、相手と飲んでいたということ。
C:相手は一緒に飲んで油断させて……。大上は甘いといえば甘い。映画でも同じだった。「守孝だけは守る」って乗りこむけれど。
A:私は、大上が他殺に見せかけた自殺をしたか、敢えて殺させたのかと思った。あまりにあっさり死にすぎたので。そして、自分の死を予感しているような節もある。そのあたりに謎が残る。大上が死に至る場面は最後まで描かれなかったし。

【伏線について/作者の顔が見えてしまうことについて】
B:Cさんが「(作者は)伏線を回収するのが楽しかっただろうな」と仰られたことについて。伏線には何種類かあると思う。最初から仕込んでおく伏線、書いている途中であれを使おうと途中で仕込む伏線、本当にあとから仕込む伏線……
C:まずプロットを立てて、情報を小出しにして読者を引っ張る。日誌の一部を黒塗りにしたり、計算ずくも計算ずくで。途中でつけ足すのは小さなことで、大きな伏線は最初から計算しているはず。
純文学に近い文章だと、作者自身が伏線だと気づいていないこともあるかも。敢えて変わった構成にする場合もあるし。
A:私は途中で結構いじる。大きい伏線は最初から考えて書くけど、書きながら「あ、前に出したこれを使おう」とか、全部書いてから伏線を入れて、また書き直したりとか。
あと、書きながら「あ、これ、こんな話だったんだ」と途中で気づくことも……。
B:それ、「降りてきた」と言うんです。(一同笑)
C:自分で伏線がうまくいったと思っていたら(自分の中でピースがはまった感覚があった)、文学学校のチューターに「うまくいったと思っとるやろ」と言われたことがある。そういうときは読んでいて鼻につくから、作者は一歩引いておかなければならない、と。
A:確かにエンタメでも純文学でも、プロの作品は「どや」って感じがしないかも。
C:重い話であっても、いい意味で力が抜けているというか。
D:うーん。宮部みゆきの作品で、ラストで唐突に文学めかした文章が出てきたときは引いた。いいこと言おうとしている、と感じて。私から見ると優れた感じではなかったので。
A:作者の顔が見えると白けるというのはわかる。たとえば、最初から最後まで陶酔しているような話ならいいんだけど、淡々と進んでたのに、いきなり酔った文章が出てきたときとか。司馬遼太郎みたいに、敢えてやっているならいい。
この作品も作者は顔を出さないのがよかった。「本当に女性? ペンネームが女性なだけで男性では?」と思ったくらい。

<その他>
◆C:私は映画を先に観た。映画では、ヒントが小出しなっているから、小説より真相に気づきやすくなっている。
映画は続編が8月20日に公開になった。これは著者の小説をもとにしつつも、小説シリーズとはまた違う、独立した話になっている。
◆C:自分のすべてを託すには、日岡と大上の交流期間が短い感じはする。
 A:日岡が息子と同じ名前だからなのか、大上に見る目があったのか……エンタメのお約束という部分もある。
◆A:エンターテイメントの警察ものやヤクザもの、あと企業ものもそうだと思うが、組織にいる人間なら誰もが感じる息苦しさや軋轢、保身などが描かれていて、かつ、それを痛快に覆すのが面白い。実際はそうはいかないからこそ爽快感がある。

<雑談>
◆B:私は一つのテーマを大事に書くので、うまく書けなかったら3回、4回……と書き直す。最近の作品も、書き直すにあたって、海外の短編小説などを読み、「こうしたら伝わるかな」「(純文学として)面白く読んでもらえるかな」と工夫したのだが、読んでくれた人には伝わらなかった。人の真似ではなく、借り物ではなく、自分が思うとおり書いたほうがいいと思った。裸の自分を見せるように。
 C:確かに純文学は、自分を切り取った「痛み」を感じさせないといけないと思う。
◆C:最近読んだ本では、白水社から刊行されている林奕含(リン・イーハン)著『房思琪(ファン・スーチー)の初恋の楽園』がすごかった。