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R読書会/Zoom読書会

『スモールワールズ』一穂ミチ(講談社)

R読書会@オンライン 2021.07.10
【テキスト】『スモールワールズ』一穂ミチ講談社
【参加人数】6名

<推薦の理由(参加者F)>
一穂ミチは、BL作品をたくさん書いている作家。『このBLがやばい!』に5年連続ランクインしたり、三浦しをんにも評価されていたり、BL好きの中ではとても有名な人。デビュー当時からとても上手く、BL作品の感想サイトでも「一般文芸でも通用する」「BL要素がかえって作品の完成度を下げている」と書かれているのが印象的だった。だから一般文芸に行くのは自然な流れだなと思った。
読んでみて、やはり素晴らしいなと感じたので読書会のテキストとして推薦したのだが、その後、直木賞候補になり、とても驚いた(「本屋大賞候補になるのでは?」という声はあった)。応援していたマイナーなアーティストが紅白に出たときと同じ気持ちです。とても嬉しいのだけど、みんなに知られてしまって悔しい、みたいな(笑)。
BL以外の作品としては『スモールワールズ』のほか、オレンジ文庫集英社ライト文芸レーベル)から出ている『きょうの日はさようなら』もある。こちらは女子高生が主人公の、SFテイストの青春小説なので興味ありましたら是非。

<参加者A>
◆あまり断言的なことを言わないFさんがイチオシだというので驚いて、楽しみに読ませてもらった。
◆一作目「ネオンテトラ」を読んで、こんなものかと思った。最初、入っていけなかったので。だが、読んでいくと「嬉しい」「悲しい」など二分化できない感情が描かれており、自分の単純さが露わになるようだった。中間的なところを漂うような印象の作品。
◆「魔王の帰還」には、「ネオンテトラ」のファジーな気持ちを破壊する強烈なキャラが登場し、無条件に泣かせられた。素晴らしい作品。単純な私には、どストライクだった。年に一度くらい号泣する作品があるのだが、その一度になった(朝倉かすみ「平場の月」、中島京子「小さいおうち」、映画「レッド・ファミリー」なども、その一度だった)。
◆「ピクニック」。「魔王の帰還」からこの作品という並びがすごい。ホラーのような迷宮に入っていく。母性の恐ろしさが描かれていて、恐ろしい物語だと思った。
◆どんどん深みに嵌っていって、問題作「花うた」。すごい構成力。P172、歌を片仮名で表記するところが巧い。結婚するほど入り込むのはやりすぎかなと感じた。
◆「愛を適量」。タイトルに引っかかったが、読んでいくうちにいいなと思った。調味料の適量がわからないのと同じように、愛の適量がわからない主人公。同じく、愛の適量がわからず、女性と上手くいかない佳澄。「愛に適量はあるのか?」という一つの問題を投げかけている。愛は、多く与えすぎたり、逆に少なすぎたりして後悔するものだが、適量だと相手の中に残らず、それは「無関心」と同じなのではないか。
また、女性が男性に変わるという問題も投げかけており、「魔王の帰還」とはまた違う、独特の感動がある。
◆「式日」。後輩が「ネオンテトラ」の笙一だとわかり、びっくりした。
虐待を受けている笙一は、美和との交流を通してネオンテトラを知る。自分を虐待していた父親が一度だけ訪ねてきたとき、笙一は父親を拒み、警察に突き出した。そして、自分が父になったとき、子どもに会えていないという因果。
→そこにネオンテトラを絡めている(ネオンテトラを繁殖させるためには別の水槽に移さなくてはならない)。父親と笙一の関係性もさりげなく入れて、こう来たかと思った。
また、向田邦子を出した意味について。向田邦子をオマージュしているようで、批判もしているのではないか。向田邦子の作品は、「家族間で揉めてもハッピーエンド(=愛があれば理不尽も受け容れる)」というところがあるが、今はそういう時代ではない(昭和の家族像の崩壊)、というふうな。
先輩と後輩のやり取りが、ありきたりでなく秀逸。例えば、バスのボタンを押すくだりなど。

<参加者B>
◆今回、初めて知った作家。ネオンテトラをトイレに流す箇所、笙一の死(「ネオンテトラ」)、金魚を弄ぶような描写(「魔王の帰還」)などから若い人ではないかと思った。齢を重ねると、命を簡単に処理できないので。
岡山県立図書館では9人の予約待ちだったので、ほかの図書館で借りた。
◆可愛い雑貨屋さんのような表紙が魅力的。
◆どの作品も題名の付け方や書き出しの一行がすごくいい。
ex)「ネオンテトラ」冒頭:なぜ、望んでいないたぐいの幸運にはこうもたやすく恵まれるのだろう。etc.
◆描写がすごく上手。「式日」のP263、イヤホンを外したときの世界の書き方が素晴らしい。私はずっとイヤホンをするという生活をしたことはないが、このような感じかなと思った。
◆「ネオンテトラ」。ネオンテトラは発光器官を持っているわけではなく、反射によって光る=自分自身が光るのではなく、周りの光によって輝く。人間とはそのようなものでは(自分一人で輝くのではなく、環境や条件によって輝いて見える)。
◆「ピクニック」が一番好き。ラストまで希和子が病んでいることに気づかなかった。各キャラクターのネーミングもよく考えられている。視点の変化も上手い。
「愛の重み」に支点が置かれている。そのためか、「重さ」に関する描写が多く印象的。新生児の重みであったり(P104)、瑛里子が真希の重さに耐えきれず手を離してしまったり(P139)。愛の重みの罪がよく書けているなと思った。
◆「愛を適量」。タイトルがいい。あまりベタベタしない、柴犬の距離感を思い出した。私も人と距離を空けるほうで、相手がベタベタしてきたら少し離れる。若い頃はもっと激しくて、興味を持たれたら引いてしまう質だったのでよくわかる。
慎悟がバスケ部の顧問をしていたとき、部員に尽くしていたにも関わらず、事故を起こした途端に拒絶されるところ、佳澄が勝手にお金を下ろすところは、読んでいてすっきりした。
とくに佳澄が勝手にお金を下ろすことで、かえって距離が保たれたと感じた。親子の再生の物語か。

<参加者C>
◆連作集の作りが面白いと思った。「ネオンテトラ」「魔王の帰還」「愛を適量」は軽やかなストーリーで読ませる作品。「ピクニック」「花うた」「式日」は暗めでサスペンス的な部分もある。暗めの話と爽やかめの話が交互になっており、読んでいて飽きない。
◆「ネオンテトラ」と「式日」が深く繋がっているのが巧い。連作として工夫されている。
◆章ごとに作者が違うのかなと思うほど、異なる書き方がされている。「ネオンテトラ」は一人称、「魔王の帰還」は鉄二視点、「ピクニック」は死んだ真希による俯瞰、「花うた」は書簡体、といったように。表現方法が違っているから飽きず、また、視点の勉強になるなと思いながら読んだ。
◆圧倒的に一番良いと感じたのが「花うた」。犯罪の被害者遺族と加害者、相対する二人のやり取りが描かれている。手紙はどうしても一方通行になるので誤解を生みやすい。手紙が拙いことから生まれる誤解、誤解が解けて情に繋がっていく…だんだんと理解していく過程が面白い。手紙で苗字が変わるところなどでも手紙が生きていると思った。
最後の秋生の物語は、涙は流さなかったものの泣いた。心を震わせられた作品。
◆二番目に面白いと思ったのは「ピクニック」。単純にストーリーの妙。誰も悪意を持っていないが悲しいストーリー。社会派ミステリーのような要素がある。

<参加者D>
※「ネオンテトラ」「ピクニック」は未読。
◆一作目「ネオンテトラ」に入っていけず、しばらく寝かせていたのだが、六作目「式日」から読んでみると、これが素晴らしかった。そこから遡り、「愛を適量」「花うた」「魔王の帰還」を読んだ。
◆「魔王の帰還」。鉄二と菜々子の関係が青春を感じさせ爽やか。魔王(真央)のキャラはぶっとんでいてアニメ的。魔王が岡山弁で喋るのが印象的で、「うる星やつら」の方言を話すキャラクターを思い出した。
◆読んだ中では「花うた」が一番胸に刺さった。一見美しい愛の物語のようだが、根底にすごい憎しみがある(「愛を適量」にも同じものを感じた。憎んだ父親にいい息子面をする、というふうな)。
これは誉め言葉なのだが、「なんて綺麗な嘘をつくんだ」と思った(小説は嘘なんだけれども)。
深雪は兄を秋生に殺され、秋生を憎んでいるという話だが、兄から一方的な愛を寄せられていたという側面もある。秋生と結婚したのは、兄への復讐でもあるのでは。
小説だから美しく書けるのであって、人生なんて欠けたピースだらけで、こんなふうに花びらみたいに美しく蘇るものではない。こんなファンタジーに書かれたら綺麗な嘘をに憎みたくなる――それくらい、ぐさっときた。

<参加者E>
◆連作短編の総タイトルは、収録作品のうち象徴的な一作のタイトルをつけることが多いが、この連作短編の総タイトルは『スモールワールズ』なのが特徴。
◆ぱっと読んで場面が浮かんでくる印象的な描写が多い。
◆家庭の中、他人が窺い知れない残酷さがある。
◆「ネオンテトラ」「式日」をはじめとして虐待の話が多い。
◆「ピクニック」は虐待ではないが、子育てで追い詰められたとき、何をするかわからない危うさ・怖さが描かれている。家庭という密室だから他人からは全貌がわからない。
◆「花うた」の深雪の兄も明らかに虐待。庇護者であり支配者。いなくなってはじめて、深雪はそのことに気づく。弁護士は、深雪が自分を取り戻すことが必要だと考え、秋生との手紙のやり取りを勧めたのでは。
冒頭の手紙で、深雪と秋生がのちのち家族になること、そして秋生の現在の状態について明かした上で展開する(前者は「向井深雪」という署名から読み取れ、後者は「失礼な振る舞いをしてしまい~」という文章から普通の状態ではないとわかる)。ご都合主義的に展開するのではなく、なんでそうなるのかと読者に思わせ、読ませる原動力になっている。
興味を持ち合い、理解し合って結ばれたのではない。深雪が自分一人で立って、誰かを庇護するようになるまでが主題。とても深いと思ったイチオシの作品。
◆次点は「ピクニック」。地の文で希和子を「母」と呼んでいるので、早い段階で娘視点であることが明かされている。希和子を母と呼べるのは、瑛里子以外には真希しかいない。奇想天外ではなく、ちゃんと布石を打っている。
◆「ネオンテトラ」。子どもができない妻の話かと思ったら、途中から裏切られた。有紗と笙一に子どもを作らせるというありえない設定だが、笙一とのエピソードの積み重ねによって、そうなってもおなしくないと思わせられる。そして「式日」に繋がる。構成が抜群の作品だ。
◆「魔王の帰還」。岡山弁が魔王(真央)のキャラにとても合っている。心温まる作品。
◆「愛を適量」。よかったが、読んでいて時間が経っているため、記憶に残っていない。

<参加者F(推薦者)>
◆六作のうち五作目まで読んで、「ネオンテトラ」にだけ物足りなさを感じていたのだが、「式日」を読んでびっくりした。後輩に子どもがいるとわかった時点では、まだ彼が笙一だとは気づかず、ネオンテトラについて話している場面でやっと気づいた。
語り手の性別を曖昧にしているのは敢えてだろう。笙一に「向田邦子みたい」と言われていたので女性かと思っていたが(トランスジェンダーなのかもしれない)、P288の地の文に「俺たちの断片を、知ってくれ。」とあるので男性だとわかった(ここ以外に、語り手の一人称は出てこない)。P284、後輩が「家族を持ち、家庭をつくる」という可能性に傷ついたというのも、語り手がLGBTであるなら、よりしっくりくると思った。
◆連作の面白さがある。「ネオンテトラ」のラストで道を譲ってくれたトラックドライバーは「魔王の帰還」の真央、「魔王の帰還」で両親が観ているのは「ピクニック」の未希が死んだことを伝えるニュース…というように、少しづつ繋がっている。

<フリートーク
◆作者は何歳なのか。公表されていないが、デビューが2008年なことや、作品の感じからして四十代くらいだろうか?
◆B:「魔王の帰還」の真央が27歳で身長188cmというのは漫画的。もう少し捻ってほしい。
◆B:「花うた」が好評なのは意外だった。私は深雪と秋生に結婚してほしくなかったので。手紙の書き方が幼く、深い物語だと思わなかった。
→E:手紙は秋生に合わせて簡単な単語を使って書いているのでは。
◆F:この作者の作品は王道な作品も人気があるが(この短編集でいうと「魔王の帰還」のような)、歪な人間関係を描いた作品のほうが私は好きで、そちらに関しては評価が真っ二つに分かれている。この短編集でも同じような傾向が見られるのは面白いと思う。
BL作品になるが、『meet,again.』(新書館ディアプラス文庫)、『off you go』 (幻冬舎ルチル文庫)は、登場人物の関係性に賛否が分かれており、私はかなり好き。
◆「式日」。事件がない。単独で読むと純文学っぽい。「ネオンテトラ」と繋がっているのが大きい。
E:先輩は、視点人物であるが謎が多い。施設で育ったと語るが、地の文では言っていない=それが本当かどうかわからない。「愛を適量」の佳澄だったとしてもおかしくない。
B:死んだとか殺されたより、なんとなく人が繋がっていく話が好き。P294、笙一が家に帰れず、学校に辿りついて…机を見るとメモと豆菓子が入っていてぼりぼり食べた、という箇所がいい。人と人が繋がっていく場面。こんな人になりたいと思った。
◆E:すべての作品にブラックさがある。通り一遍ではない。虐待でも、虐待そのものを生々しく書くのではなく、虐待してしまう側への優しさもある。初めはロマンス文学やジュニア小説を書いていた桐野夏生のように、この作者も育っていくのでは。
◆E:男らしさ・女らしさを外した書き方。真央が女性っぽくなかったり、LGBTを匂わせたり…。
◆A:皆さんが、それぞれどの作品を好きになるか予想を立てていたが外れた。
「花うた」の評価が一番高かった。私も、深雪と秋生の結婚がなければ、もっと入れたと思う。
◆エンターテイメントから入った作家のほうが伸びしろがあるのでは。ライトノベルなどストーリーがかっちりしており、力のある作家が多い。また、読者の声を敏感に感じて作品に生かしている。
逆に、純文学は読者の声を気にしない。(どちらがいいという話ではなく)
◆E:連作短編集なので直木賞の受賞は難しいかもしれない。コンパクトにまとまった印象なので。読んで一ヶ月で印象が薄れてしまった。
◆主人公は、どこかが欠けている人のほうが魅力的。そこに共感の線を作っていく。
◆BL出身の作家には、『流浪の月』(東京創元社)で本屋大賞を受賞した凪良ゆうなどがいる。同作者の『滅びの前のシャングリラ』(中央公論新社)も読みやすく面白かった。

<その他、話題に上がった作品>
◆『ファーストラヴ』島本理生文藝春秋)は、『流浪の月』と題材が似ている。
映画『ファーストラヴ』は芳根京子の演技が素晴らしかった。
◆韓国の作家は問題をぼかさず、徹底的に攻める。日本だと回りくどい描写が文学だというような風潮があるが、韓国でははっきりと言う。
『小説版韓国・フェミニズム・日本』チョ・ナムジュ、松田青子、デュナ、西加奈子、ハン・ガン、イ・ラン、小山田浩子高山羽根子、深緑野分、星野智幸河出書房新社
◆『82年生まれ、キム・ジヨン』チョ・ナムジュ(筑摩書房

 

★Zoom読書会でも、一穂ミチさんの他の作品を取り上げました!