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「悪禅師」(『炎環』より)永井路子(文春文庫)

Zoom読書会 2021.05.22
【テキスト】「悪禅師」(『炎環』より)永井路子(文春文庫)
【参加人数】4名

※現代において男性/女性と言い切るのは好ましくないが、男女の社会的役割が分けられていた時代を描いた作品なので、男性/女性と表現する。

<推薦の理由(参加者D)>
鎌倉幕府の創成期を描いた作品なので、来年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(作・脚本:三谷幸喜)の予習にいいのではと思い推薦した。
永井路子の作品は読みやすく、『姫の戦国』(文春文庫)なども面白かった。『山霧 毛利元就の妻』はいまひとつだと感じたので他のものを読んでほしい。
多くの人に歴史を好きになってもらいたいと思う。

<参加者A>
◆作者は大正14年生まれとのことだが、古さを感じず読みやすかった。
◆「悪禅師」だけでなく、『炎環』すべての作品を読んだ。一番印象に残ったのは「黒雪賦」。義経ものなどで、感じ悪く描かれていることが多い梶原景時だが、この作品では、武家の世を築こうという信念を持った人物として書かれていたので。
◆頼朝、範頼、義経(牛若丸)は有名だが、全成(今若丸)については名前くらいしか知らなかったので興味深く読んだ。
義経が主役の作品は少しだけ読んだり観たりしたが、同じ兄弟でも、頼朝や範頼に比べて、全成はそこまでスポットが当てられていなかったと思う。
◆保子の造形がとてもいい。P61でぞわっとした。史実通りにストーリーを進めつつ、そこにキャラクターを当て嵌めていくのが巧い。
◆阿波局を調べて知ったのだが、『曽我物語』には政子が阿波局から吉夢を買い、頼朝と結ばれたという話があるらしい。物語だから史実ではないし、この作品とは関係ないと思うが、この姉妹の関係は、昔からいろいろ想像されていたのだなと面白く感じた。

<参加者B>
◆普段は純文学のほうに馴染みが深く、歴史小説は苦手なのだが、この作品は人物像が深くて興味深く読んだ。「人」というものが書かれている。
◆「悪禅師」のほか、「いもうと」も読んだ。私はイヤミス(後味が悪く、嫌な気持ちで終わるミステリー作品)も好きなのだが、それよりも面白いと感じた。
◆「悪禅師」「いもうと」以外の作品は、人物の名前を覚えられなかった(聞いたことのある人物ばかりではあるが)。
◆戦に行く際の装束や雰囲気を巧く書いていて、この時代の男性はそこに高揚したのだろうか。謀をして、何騎の馬が来て……というのに高揚するのは理解できるが、首を取るなどの血生臭さが私には受け入れ難い。
◆ずっと大人しくしていた全成が野心を秘めていたように、謀をしながら上り詰めていくのが男性にとっての武家社会なのだろう。
◆「いもうと」について。保子のような人に実際に会ったことがあるので、彼女の性格はイメージしやすかった。根掘り葉掘り聞きだして、他の人に漏らしてしまう、ということを悪気なくできる女性。悪気はないのだが、天性の悪女だと思う。政子のような真っ直ぐな気性の女性には、保子を理解できないだろう。
◆保子も政子も、自分の子供を殺されている。現代の女性なら発狂しそうなほど凄まじい時代だ。
◆保子は「赤ちゃん(=自分の思い通りになる人)」が好きなのだと思う。「赤ちゃん」を命がけで守る。母性の本性はとても怖いものだ。
また、天真爛漫に見えるが、無意識に人を引っかけようとしている。人を陥れようとするとき、男性は頭で考えるが、女性は無意識にする。そうして、歴史を動かしていく。
◆最後は、傀儡となった、倒れそうな政子の後ろで保子が赤ちゃんを抱いている。これは人間劇だ。推薦してもらってよかったと思う。

<参加者C>
◆戦は男の野望、という話が出てきたが、その裏には女の陰謀がある。鍵を握っていたのは女性ではないか。「歴史の中で、まだ注目を浴びていない女性を見つけ、作品に生かせるのでは」と思わせてくれるのは永井路子の作品だ。今までと違った視点の小説を書くヒントがある。
◆名前はわかっているが、あまり知られていない人物を掘り起こすのも面白い。
たとえば……南北朝時代後醍醐天皇を影で支えた阿野廉子阿野全成の子孫だと言われている。南北朝ものを書くときに一言そう書けば、作品に深みが出て、歴史の面白さも伝えられるのではないだろうか。
◆『炎環』の保子について。阿波局の口の軽さが梶原景時の一族が滅びる切っ掛けになったという史実が実際にあり、そこからに読者がイメージしやすい(読者の身近にいるような)登場人物を作ったのだろう。よく知られている史実に、身近にいそうなキャラクターを登場させて……というのが永井路子の物語の作り方。だから読みやすいのだと思う。
:保子の場合は、(身近にいそうな)口の軽い女性。
◆「悪禅師」の主人公・阿野全成は作中であまり動かない、待つタイプの主人公である。主人公として面白くない(妻・保子のほうが面白い)。作者は、そこに彼が脚光を浴びなかった理由を込めたのでは。
たとえば義経は自ら動き、華々しく生きた。家来もおり、それなりに活躍した。
対し、全成は家来もおらず、野心のための準備もせず、何もしなかった。積極性のない人物が成功するわけがない、というアンチテーゼだと読んだ。地味だが、人間の生き様として納得できた。
◆この作品が原作の一つとなっている大河ドラマ草燃える』(1979年)を見直したが、原作に忠実に作られていた。来年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』と、どちらが面白いか楽しみだ。
◆佐藤雫『言の葉は、残りて』(集英社)も、女性的な繊細な書き方で書かれているので、ぜひ読んでほしい。

<参加者D(推薦者)>
◆「悪禅師」は全成の視点なので、保子を始めとした登場人物の見方がフラットだ(頼朝や義経に対しても)。たとえば、義経は天真爛漫で、自分の正義が、頼朝の正義とベクトルが合っていないということに気が付かず、自らが信じる道を進んでいるのだが、全成から見ると「あほやなあ」という感じなのだろう。
◆全成は保子を通じて頼朝と接点を持っており→黒子になろうと画策し→頼家によってどんでん返しにあう、というプロットがよくできている。
◆頼朝について、地の文で「兄」と呼んだり「頼朝」と呼んだり……心情による使い分けがすごくうまくできている。
◆読むのは3回目くらいだが、結末がわかっていても面白い。
印象的なのは、義経の首を見て、冷静に「自分はあのようにはならない」と思っているのに、どんでん返しで失脚してしまうところ。

<フリートーク
◆保子は、天然を装って企みがあるというキャラクター。読者の身近にいる人を連想させるので、複雑でありながらわかりやすい。小説における人物造形として、「単純でわかりにくい」よりもいい。
◆保子が、政子や日野富子淀殿と違うのは、気の強さが表面に出ていないところ。保子は、いいのか悪いのか、敵も作っていないようで、その実、意図せずして人を陥れているところがある。
日野富子にしても淀殿にしても、すでに出来上がったイメージがあるが、保子の場合は、知っている人が少ないので自由に作れる。作者としては便利。この作品の場合、目立たなくて二番手で、平穏を得ているというキャラクター。
◆現代では、全成のようなタイプの人物は、謀がばれなければ成功するのでは。能力がないほうが、周りに人が集まるので。
◆作品の中から読み取る限り、全成は「この人を立てよう」と周りから思われる人ではなかった。自分自身、何ができるかわからなかったが、準備もせず、最後に突っ走ってしまった。何もせず、なりゆきに任せ、機会を伺っていただけ。
◆現代で言うと……国民からは「あの人?」と思われていた鈴木善幸海部俊樹だが、見えないところできちんと画策する人なので周りからは認められていた。この作品の全成は彼らとは違い、裏で何もせず、顔色ばかり見て失敗する人物として描かれている。
◆女性社会では、顔色を窺う人は結構生き残るかも。スクールカーストでは二番手にいる人が一番安全なので。トップは最下層に落とされる可能性がある。
常盤御前も。彼女は「生きるために身を任せた」というほうが近いかも?
◆男は首を刎ねられるが、女性は失脚しても再起できる。cf:則天武后
◆北条はなぜ将軍にならなかったのか? 北条にも得宗家と分家があり、得宗家から出た執権は強く、分家の執権は弱い。その辺りも考えさせられる。
松井優征『逃げ上手の若君』(『週刊少年ジャンプ』で連載中)は北条時行が主人公でよくできていると思う。
◆イギリス王家と鎌倉の執権は、その徹底ぶりが似ているという話がある。
◆この時代は仏教だが、教えとして「人を殺してはいけない」などはなかったのか? 殺し合いがとても多いが。
鎌倉幕府と武士の関係は、土地を安堵してくれるから従おうか、というような利害関係。赤穂浪士のような主従関係は、鎌倉時代にはありえなかった。