読書会LOG

R読書会/Zoom読書会

『海炭市叙景』佐藤泰志(小学館文庫)

R読書会@オンライン 2021.04.24
【テキスト】『海炭市叙景佐藤泰志小学館文庫)
【参加人数】6名

<推薦の理由(参加者F)>
佐藤泰志の作品が好きだから推薦した。
佐藤泰志は5度、芥川賞の候補になったが受賞には至らなかった。それが理由かはわからないが、1990年に41歳で自ら命を絶った。
死後、すべての作品が絶版となり時代に埋もれていたが、2007年『佐藤泰志作品集』が刊行されて以降、再評価が進み、いくつかの作品が映画化されるなどしている。
その作家の作品を、みんなで読んでみたいと思い推薦した。

<参加者A>
◆全体的に暗かったので読みづらかった。私は人物が立ち上がらないと読めないのだが、(短編がたくさんあるので)それを何回もしなくてはならないので時間がかかった。読み切ることができず、「大事なこと」の辺りまで読んだ。
◆短編を積み上げることで長編にならないかと思い、自分でも挑戦したことがあるが、一編一編があまりに短いと読者に負担をかけるものだと思った。
◆いろいろな風景、いろいろな人物を描きながら、海炭市という街や“街となり”を描きたかったのかなと感じた。
◆前回のテキスト(『密やかな結晶』小川洋子)は、場所を克明に書くことで物語を立ち上がらせるという作品だったが、『海炭市叙景』は人物を書くことで街を浮かび上がらせる手法だろうか。
◆共感できる登場人物、共感できない登場人物、どちらもいる。一番共感できるのは「まっとうな男」の主人公・寛二。時代に取り残される苛立ちがよくわかる。

<参加者B>
佐藤泰志の作品が原作になっている映画はたくさん観た(『きみの鳥はうたえる』、『オーバー・フェンス』、『そこのみにて光輝く』など)。『海炭市叙景』は、映画と原作がだいぶ離れている。
◆『海炭市叙景』は暗くて気が滅入ったが、好きな短編もいくつかある。ただ暗いだけでなく、その中に明るさを持つ作品がいい。
「この海岸に」。満夫が市営プールに行こうとしているところ、車を買おうとしているところがいい。
「まだ若い廃墟」。死んだ青年(主人公の兄)が、この街で過ごしていこうとしているところが好き。
「一滴のあこがれ」。淳が、夏になったらダイビングをしようとしているところがいい。
「黒い森」や「この日曜日」も好き。
◆海炭市全体を有機的に書けているかというと成功してはいないと思う。モデルである函館市から架空の海炭市と名前を変えるほど街自体はできあがっていないと感じる。
◆前半は繋がっているが、後編は繋がっていない。
◆30年ほど前の、私の学生時代の頃くらいの話だと思うが、男女の関係性など古い感覚を苦手に感じた。男の哀歌のような印象を受ける。

<参加者C>
◆「男の哀歌」という意見を聞いて、確かに主人公の多くが男性だなと思った。
◆孤独を描き出しており面白かった。短編集はすごく好き。海炭市という架空の物悲しい街をいろいろな人の視点で描くことで浮かび上がらせている。あまり繋がりのない短編同士を土地で繋げているという書き方も面白い。
◆救いがないのがとてもリアル。冷淡というか、淡々というか。哀歌的という表現も出たが、鬱屈をうまく書いている。変に救いがないのもリアルで好き。
◆私は短編集を読むとき、面白い作品は◎……とか順位をつけながら読むのだが、『海炭市叙景』では「まっとうな男」が一番好き。ラストで、主人公・寛二が唯一の友達だと思っていた漁師の友達が「なあに、あいつは昔からああだった」というところがいい。
2位は「裸足」。よくわからない不思議な話だが面白い。
3位は「夜の中の夜」。
4位は「衛生的な生活」。暴力的なことは出てこないが、職安にくる求職者は自分と違う存在だと思っている啓介が、職場(職安)の中で、他の職員たちから違う存在だと思われているというところが胸に刺さる。中流階級の痛みがよく出ている。
5位は「この日曜日」。視点が交互。こんな書き方をしてもいいんだと思った。面白かった。
6位は「夢みる力」。ページ数が少ないせいもあるだろうが、競馬好きからすると違和感を感じるところもあった。最後の勝負は外れていてほしい。
◆私も短く暗めな小説を書くが、このような書き方をしても面白いなと思った。人によって好みはあるだろうが。

<参加者D>
◆「まだ若い廃墟」の主人公と兄は、不幸な境遇だと思うが、私小説に見られる湿った語り口ではなく、あっけらかんとした明るさがある(ビールを飲む場面など)。
苦しい中を二人は生きてきたが、数百円のお金がないために兄は死んだ。一生懸命生きてきた二人を死に追いやった海炭市の産業の衰退が描かれている。
◆読んでいて辛くなった。
◆一番面白かったのは「しずかな若者」。この作品の中では珍しく上流階級に属する青年で、他の作品とすこし設定が違う。主人公・龍一は両親の離婚で安定していた生活が変化した青年。海炭市で過ごすのは今年が最後だとわかっているのに女の子と来年の約束をするなど、自暴自棄まではいかないが不安定である。言葉にならないことをよく書いている。ラストの、希望があるかないかわからないところにぞわぞわした。
◆私は小説を書くとき筋を決めて書くが、この作品を作者は考えながら書いたのではと想像した。

<参加者E>
◆丁寧に丁寧に海炭市が積み上げられて、そこに暮らす人々の息遣いが聞こえてきた。
◆連作は好き。この短編集では、一つの作品の人物が別の作品で重要人物になっているということはないのだが、確実にその世界に存在しているなと思わせてくれる。とくに路面電車がところどころに出てくるところにそう感じた。
◆一作目「まだ若い廃墟」が重かったので、こんな感じの話が続くのかと思ったが、市井の人の日常を丁寧に掬った話が多く、この街で生きる人々、人の営みが愛おしくなった。偏屈に見える人、見栄っ張りな人、堅実に働く人、ギャンブルに入れこむ人……それぞれの物語が尊いと思う。
◆希望とか絶望とかじゃなく、本当にリアルな日々の暮らしの一幕という感じがした。
◆大きな事件は起きていないように見える話だが「ここにある半島」「大事なこと」が好き。「大事なこと」は、大事なことってそんなものだよなと、とても腑に落ちた。
◆「裂けた爪」「衛生的生活」で視点が変わるのもいいと思う。本人もわかっていないことが明かされるが、誰をも嫌いにはならなかった。「裂けた爪」に出てくる千恵子には少し腹が立ったが、彼女にも彼女の物語があるのだろうし、想像するのも楽しい。
◆私は解説を後から読むのだが、解説を読んで、各作品のタイトルが詩から取られていると知って、なんとなく納得した。とくに「まだ若い廃墟」は詩的だなと思っていたので。
◆(解説を読んで未完ということも知ったが)消化不良は起こさなかった。
「まだ若い廃墟」で死んで、太陽に晒されている青年の遺体と、「しずかな若者」の、太陽が照らすだろう……が対比だと思えたので、まとまりもよかった。でも、夏と秋も読んでみたかったという気持ちもある。
◆「しずかな若者」は、村上春樹を思い出した。解説を読んで作者と同世代だと知って納得した。

<参加者F(推薦者)>
◆一編一編は短いが、その短い中で変調することがあり小気味いい。
◆「まだ若い廃墟」と「しずかな若者」がいいなと思った。
「まだ若い廃墟」。P18「わたしはこの街が本当はただの瓦礫のように感じたのだ」から本心を出すところがすごくよかった。
「夜の中の夜」。幸郎はユキオと読むのかと思ったが、「サチさん」と呼ばれたところで読み方がわかって面白かった。しかし本名は別にある。それが彼の境遇を表しており、うまいなと思った。
「裂けた爪」。のいいのは、P75「アキラちゃんをかわいいと思っているのだろう」…「それならどうして、奥さんがアキラちゃんをかわいがることができるだろう」…ひっくりかえすのがすごい。鮮やかだと思った。
「衛生的生活」もいい。煙草にこだわり、ベストセラーを読む主人公を、「いったいどんな自尊心だろう」と突き放す姿勢。
◆具体名を出すことで輪郭が明らかになる。曲目を出したり、ロミー・シュナイダーに似ているとあったり、具体的な名前の出し方に意味があるなと思った。
「しずかな青年」に出てくる作家・パヴェージェも自殺している。佐藤泰志はパヴェージェの影響を受けており、(この作品にパヴェージェを出した時点で)ここで終わらせるつもりだったのでは。=未完ではない?
参考 : チェーザレパヴェーゼWikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%AC%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%BC
◆多くの短編から成っているこの作品が「読みにくい」という意見には同感。
佐藤泰志は、等身大の主人公を書くことを貫いていたのに、この『海炭市叙景』だけ、いろいろな人間を描いている。意欲作だから素晴らしいという意見と、意欲作だから不完全燃焼という異なる意見がある。
また、「性別・職業に至るまで様々な人間を、40歳になるかならないかの青年が書くとはすごい想像力だ」と思う人、「書ききれていない。それぞれが浅い」と思う人、どちらもいる。
◆暗いという意見があるがタイトルはいつも明るい。明るい面が内容にも結構ある。作者自身が死への願望が強いからこそ、明るい言葉を使っているのではないだろうか(「そこのみにて光輝く」など)。

<フリートーク
◆パヴェージェとはどんな作家かと思い、調べたら、42歳で亡くなっていることがわかり、刺激されたのかなと思った。
「何も隠してはならないんだ」…わからない。わからないが面白い。不安な感じはあるが、そこまではわからない。
佐藤泰志には「美しい夏」という作品もあり、これもパヴェージェのオマージュである。
佐藤泰志の研究者によると「虹」が一番傑作だそうなので読んでみたい。
村上春樹と似ている部分もある。東京にいたとき、ジャズ喫茶にも通っていたのでは。当時の若者はこんな感じだったのかも。
◆「しずかな若者」の主人公だけセレブで生活感があまりない。ほかの作品の主人公はギリギリの生活を送っているが、希望を失わずに生きている。
◆この作品が書かれたのは、炭鉱が閉鎖したり、国鉄が民営化されたり、地方が衰退していった時代。今の日本も失業率が高く、当時と近いものがあるので共感を呼び、見直されているのでは。
◆「しずかな若者」できれいに終わらせている雰囲気はあるが、この作品は未完。Dさんの「結末を決めず書いているのでは」という意見を聞いて、なるほどと思った。
◆書く上での決まり事は多いと思っていたが(作品の結末を決めていなければならない、面白くなくては、ストーリーを決めなくては……)、この作品は日常のリアルを淡々と書いているだけなのに面白い。
「昂ぶった夜」も、そのまますっと終わる。すごくさらさらしている。終わりが決まっていなくても書いていいんだという勇気をもらえた。
◆リアルをきっちり切り取っていればストーリーなどなくてもいいんだなと思った。私はストーリーを求めるがためにリアリティを犠牲にすることが多いので。ここまでリアルだと面白い。とくに感情がリアルである。
◆渋い小説。ちゃちではない。苦しみながら、心が通い合わなくてすれ違いながら、ギスギスしながら、それでも生きていく、というような。
◆救いがないのが救い。
参考:映画『マグノリアポール・トーマス・アンダーソン監督(1999年アメリカ)。救いはないが、必死に生きている人々が愛おしい。
◆「まっとうな男」。自分の金で飲んでいるんだ:スタンダードどころか法律からも外れているが、それがすごく面白い。面白いが、主人公の怒りがよく理解できる。
自分のお金で食べてきたのに世間にうまく馴染んでいない。世間(を象徴する警官)にやられたときに言い返すのが孤独を浮き立たせている。
◆独特の文体で、登場人物と筆者の距離感が好き。どの作品も、一定の距離をうまくとっている。
私は書いていて登場人物に感情移入をしてしまうが、この淡々とした書き方はどうすればできるのだろう。
◆三人称の小説では、だいたい視点人物に寄り添った語りになると思うが、この作品ではあまり寄り添っていない。
◆外国の短編集のよう。読んでいて気持ちがよかった。
佐藤泰志が高校時代に書いた作品を読んだが、文章がうまく、人物がイキイキと立ち上がっていた。→『海炭市叙景』は朴訥な書き方で、ものすごく文章が上手な作家というわけではないと思ったが、書き方も雰囲気に合わせていたのかも。
あまり多くを説明せず余韻を残す。空白を情景にこめる。美文麗文にまとめるのは嫌だったので無理にゴツゴツとさせたのではないか。
佐藤泰志の小説を初めて読んだが、ほかの作品と『海炭市叙景』は違うのか?→ちょっと異質。こんなに視点を変えてスケッチをしていく作品はほかにない。作者がずっと温めていた構想だった。
◆うまく工夫して書かれている。いい作品を薦めていただいたと思う。