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R読書会/Zoom読書会

『音楽』三島由紀夫(新潮文庫)

R読書会 2015.09.12
【テキスト】『音楽』三島由紀夫新潮文庫

三島由紀夫の作品としては本流ではなく、『潮騒』などと同様に異質な作品。読者へのサービスが散りばめられているなど、婦人誌の連載小説だということを感じさせる作りが話題に上った。
以下、読書会で出た意見を簡単にまとめる。

<作品の印象>
◆(『金閣寺』などに代表されるような)重々しい三島作品ではなく、軽快でどことなくユーモアがある。
◆面白く読めるが、ただの通俗作品ではない。麗子という人間を掘り下げている。
◆婦人誌に連載していたためか、とても読者を意識している。書下ろしでこのテーマを描くなら、もっと破滅的になっていたかもしれない。
◆「神聖さと猥雑さ」のくだり(新潮文庫P186)で、例えば死体を焼く仕事や糞尿を扱う仕事に通じる神聖さを感じた。

<構成や人物造形について>
◆だんだんと核心に迫っていき真実に辿りつくというミステリーのような構成。
◆花井が途中でフェードアウトすることの違和感。→連載の都合上?
◆麗子の兄も許婚者も、(麗子を浮かび上がらせるための)装置だと感じた。隆一はしっかりと書き込まれている。
◆テーマが「性」なら、麗子の兄についてもっと掘り下げるべきではないか。兄が麗子をどう思っていたのかなど、まったく描かれていない。(「兄は麗子から逃げたのでは?」という意見も。描写がないので真相は不明)
明美が一番、麗子を(神聖視などせず)「人間」として見ており、彼女の存在が読者のストレスを軽減させている。(=読者目線のキャラクター)

<作品のテーマと時代背景について>
◆現代において女性の「性欲」はさほどタブー視されていないが、この作品が書かれた当時、このテーマは画期的だったのではないか。しかも、それが婦人誌に連載されるということに意義があったのかもしれない(潜在的な問題をあぶりだすという意味合いでも)。
◆女性が自分の性に対する悦びを見つけ追及するということは、当時としてはセンセーショナルだったのでは。
◆現代でも精神科はハードルが高いという印象だが、この作品では会社帰りのサラリーマンやBGが比較的カジュアルに通う様子が描かれている。

<作者について>
◆自身がマイノリティだからこそ、他者へ優しい観察眼を向けられるのではないか。
◆『仮面の告白』は、作家として生きていくという覚悟である。
◆『音楽』は、苦しんでいる女性へ向けて描かれた作品かもしれない。
◆客観的に物事を見れる人なのに、なぜ自分の世界に没頭していったのか。

作家論だけでなく、女性の性が抑圧された時代の背景や、同性愛・マイノリティについてなど、話題が多岐にわたり、とても有意義な時間となった。優れた作品は、色々な議論を喚起するのだと実感した。
現代に生きる私たちから見ると「(様々な愉しみや選択肢があふれているので)性感ってそんなに大事?」という印象だったのだが、読書会の翌日、インターネットで読んだ記事に衝撃を受けた(あまりにタイムリーだったので)。その記事の執筆者は、性行為のときに上手く反応することができず、「セックスはコミュニケーションの一種であり、それがうまくできない自分は人間として不能だ」と感じたそうだ。麗子の苦しみも、冷感症そのものより、人間と人間の問題だったのかもしれない。
本を読んでいると、なぜかそれに関連する情報が他から入ってくるのがとても面白い。自分のアンテナが敏感になっているからかもしれないが。