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R読書会/Zoom読書会

『海狼伝』白石一郎(文春文庫)

R読書会 2019.02.17
【テキスト】『海狼伝』白石一郎(文春文庫)

◆一種の貴種流離譚であり、青春譚であり、痛快な冒険活劇。また、女性との関わりなどロマンチックな要素も持ち、エンターテイメントとして面白く、どんどん読み進めることができる。 
◆若い世代が、上の世代を乗り越えていく話。漫画『ONE PIECE』を思い出した、という声も。 
◆ダイナミックに世の中が変わっていく時代が舞台。秀吉が朝鮮に攻め入る前の時代を、対馬の庶民の目から描いている。 
◆海戦の描き方が素晴らしい。船の描写も興味深く読める。 
◆「庶民の生活」と「中央(織田信長など実在の人物や、実際に起きた戦など)」、どちらも描かれている。時代小説と歴史小説の中間に位置する小説だろうか。 

<人物造形について> 
◆笛太郎の人物造形が秀逸。本土から離れた対馬で育っているので、本土の状況には詳しくなく、戦乱の世への目線が読者と同じ。だから読者が共感できる。 
また、周りが残酷な行いをしていても笛太郎はそれに染まらないので共感しやすい。 
しかし、彼の血統ゆえ、その運命や天賦の才などには説得力がある。 
◆能島小金吾が魅力的。笛太郎と雷三郎は運命に対して受け身だが、小金吾は自らの意志で人生を切り拓いていっている。 
◆その一方で女性の造形には既視感がある(晴が理想的でありすぎたり、麗花が直情的すぎたり)。 
→「笛太郎視点なので、彼が知ることのできない女性の内面は描けないのでは」という意見も。 
◆30年以上前の作品なので、現在好まれるような作品とは少し異なっている。現在は、もっと複雑な人物造形が主流なのであろう。

『音楽』三島由紀夫(新潮文庫)

R読書会 2015.09.12
【テキスト】『音楽』三島由紀夫新潮文庫

三島由紀夫の作品としては本流ではなく、『潮騒』などと同様に異質な作品。読者へのサービスが散りばめられているなど、婦人誌の連載小説だということを感じさせる作りが話題に上った。
以下、読書会で出た意見を簡単にまとめる。

<作品の印象>
◆(『金閣寺』などに代表されるような)重々しい三島作品ではなく、軽快でどことなくユーモアがある。
◆面白く読めるが、ただの通俗作品ではない。麗子という人間を掘り下げている。
◆婦人誌に連載していたためか、とても読者を意識している。書下ろしでこのテーマを描くなら、もっと破滅的になっていたかもしれない。
◆「神聖さと猥雑さ」のくだり(新潮文庫P186)で、例えば死体を焼く仕事や糞尿を扱う仕事に通じる神聖さを感じた。

<構成や人物造形について>
◆だんだんと核心に迫っていき真実に辿りつくというミステリーのような構成。
◆花井が途中でフェードアウトすることの違和感。→連載の都合上?
◆麗子の兄も許婚者も、(麗子を浮かび上がらせるための)装置だと感じた。隆一はしっかりと書き込まれている。
◆テーマが「性」なら、麗子の兄についてもっと掘り下げるべきではないか。兄が麗子をどう思っていたのかなど、まったく描かれていない。(「兄は麗子から逃げたのでは?」という意見も。描写がないので真相は不明)
明美が一番、麗子を(神聖視などせず)「人間」として見ており、彼女の存在が読者のストレスを軽減させている。(=読者目線のキャラクター)

<作品のテーマと時代背景について>
◆現代において女性の「性欲」はさほどタブー視されていないが、この作品が書かれた当時、このテーマは画期的だったのではないか。しかも、それが婦人誌に連載されるということに意義があったのかもしれない(潜在的な問題をあぶりだすという意味合いでも)。
◆女性が自分の性に対する悦びを見つけ追及するということは、当時としてはセンセーショナルだったのでは。
◆現代でも精神科はハードルが高いという印象だが、この作品では会社帰りのサラリーマンやBGが比較的カジュアルに通う様子が描かれている。

<作者について>
◆自身がマイノリティだからこそ、他者へ優しい観察眼を向けられるのではないか。
◆『仮面の告白』は、作家として生きていくという覚悟である。
◆『音楽』は、苦しんでいる女性へ向けて描かれた作品かもしれない。
◆客観的に物事を見れる人なのに、なぜ自分の世界に没頭していったのか。

作家論だけでなく、女性の性が抑圧された時代の背景や、同性愛・マイノリティについてなど、話題が多岐にわたり、とても有意義な時間となった。優れた作品は、色々な議論を喚起するのだと実感した。
現代に生きる私たちから見ると「(様々な愉しみや選択肢があふれているので)性感ってそんなに大事?」という印象だったのだが、読書会の翌日、インターネットで読んだ記事に衝撃を受けた(あまりにタイムリーだったので)。その記事の執筆者は、性行為のときに上手く反応することができず、「セックスはコミュニケーションの一種であり、それがうまくできない自分は人間として不能だ」と感じたそうだ。麗子の苦しみも、冷感症そのものより、人間と人間の問題だったのかもしれない。
本を読んでいると、なぜかそれに関連する情報が他から入ってくるのがとても面白い。自分のアンテナが敏感になっているからかもしれないが。

『燃えつきた地図』安部公房(新潮文庫)

R読書会 2015.07.04
【テキスト】『燃えつきた地図』安部公房新潮文庫

とにかく結末に驚かされる作品。『砂の女』『他人の顔』と共に失踪三部作とされ、ポストモダニズム的作品として知られている。
以下、読書会で出た意見を簡単にまとめる。

<作品のテーマなどについて>
◆今までのような小説の読み方をしていたのでは見えてこない人間関係の曖昧さを感じた。遠くにいると思っていた人間が近くになり、逆に、近くにいると思っていた人間が遠ざかっていく。
◆主人公(語り手)である探偵と周囲の人間たちの関係の希薄さ。
◆高度経済成長の時代が舞台であるが、登場人物たちはいずれもそこから取り残された者たちである。そういった人々を掬い上げる作品。
◆人と人との出会いによる化学反応を描いている。相手との関係性によって変化する人間(個人)というものは曖昧である。関係性によってアイデンティティーが発生するが、自分そのものは非常に不確かなものだ。関係性の中でしか人間は描けない。

<人物造形や構成、ストーリーなどについて>
◆主人公である探偵以外の登場人物の輪郭ははっきりしているが(ステレオタイプであったり画一的であったり)、探偵自身の人物像は見えてこず、掴みどころがない。
◆探偵を主人公にしつつ、失踪した根室洋を描いている?
◆登場人物の対比。(掴みどころがない)探偵や根室波瑠←→(人物としてはっきりしている)探偵の別れた妻など
◆探偵が登場する小説でありながら、謎解き要素をすべてうっちゃってしまっている。探偵小説ではなく、その対極に位置する小説である。
◆探偵自身が根室洋(=失踪すること)に近づいていき、ラストで彼と同一になる。

<技術的な面について>
◆色の使い方が面白い(レモン色のカーテン、黒い服など)。
◆ただ情報を出すための会話ではなく、相手の内面を炙り出す会話である。
◆比喩表現の見事さ。
◆印象的な矛盾形容(ex.「迷えない迷路」)。
◆P359以降のために、そこにいたる過程をじっくり書き込んでいる。P359以降は、原稿用紙換算600枚ほどの作品のうち、50枚程度であり、そこに純文学エキスが抽出されている。

<作品を読んで感じたことなど>
◆「鎖された無限」を感じた。
◆結末には、穴の開いた段ボールに光が差し込んできたような印象を受けた。
◆現代を舞台に、このような作品を書いたらどうなるのだろうか。現代では、監視カメラやGPS、インターネットなどにより、この作品が書かれた時代よりも、痕跡を残さず失踪するということは難しいのでは。
◆この物語は、誰にでも起こり得ることとして描かれている。

フリートークの「もしいま映像化するなら?」という話題で盛り上がったのがとても面白かった。
また、テキストから受ける人物の印象が共通していたり、人それぞれだったりしたのも興味深い。